ツンデレ黒王子のわんこ姫
ランチョンミーティングが始まって一週間が過ぎた翌週の月曜日、芽以は、いつものように就業開始時間30分前に出社した。

三人の女性がエレベーター前に仁王立ちしている。

三人とも派手ではなく、きちんとした服装をしていて真面目そうに見える。

「白木さん、ちょっといいかしら」

三人は、芽以を自動販売機が置いてある休憩コーナーに連れていった。

この休憩室は、休み時間こそ飲み物を買いに来る人がいるが、会社の奥の方にあるため、朝はほとんど人が通らない。

「あなた、黒田さんの担当の新人さんよね?」

三人の中で一番年上とおぼしき、笠原と名乗った人物が尋ねてきた。

「はい、その通りです」

と芽以は頷く。

「ランチョンミーティングで、黒田さんと里中さんにお弁当を作ってきていると伺ったけど、いつまで続けるつもりなのかしら?」

「わかりません」

笠原は、芽以をキッと睨み付けた。

「それ、やめてもらえるように黒田さんに伝えてもらえないかしら?」

芽以は、突然の申し出に驚いて目を見開いた。

笠原の後ろに立っている二人も激しく頷いている。

「私の指導者は黒田さんですから、私は黒田さんの言いつけを守ります」

「黒田さんに頼まれてるっていうの?」

笠原が、いきなり芽以の肩をつかんでブンブンと揺さぶってきた。

「あなたがあの二人の仲を邪魔してるんでしょ?お陰で私たちが楽しみにしていたお昼の萌えタイムまでなくなってしまったんだから!」

「そうよ、あの二人のお昼休みを返しなさいよ!」

どうやらこのお三方は、健琉と葵生の噂を信じて敬愛している"腐女子"なる者らしい。

芽以は、中学から大学まで常に一緒に行動していた真田庸子に"腐女子"の定義について教えてもらったことがある。

心理学や倫理の授業でLGBTについて学んだとき、世の中には腐女子や姫女子なるオタクに分類される方々がいることを教えてもらった。

「私は黒田さんの言うことならなんでもきくつもりです。笠原さんから、直接、黒田さんに申し出て頂けませんか?」

芽以は真面目な顔で答えた。

「それができたら、あなたをこんなところに呼び出すわけないじゃない!」

笠原は益々、激しく芽以の肩を揺さぶった。他の二人も芽以を囲むようにしてにじり寄った。

「何してるの?」

フッと、葵生が廊下の角から顔を出した。

笠原と残りの二人は驚いて芽以から離れる。

「い、いえ、なんでもありません。とにかく、頼んだわよ。白木さん」

三人は陳腐な決まり文句を残してその場を立ち去っていった。

残された二人は顔を見合わせて苦笑した。


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