甘い運命

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どのくらい、ボーッと立っていたのか。

親切な50才くらいの女性に、「大丈夫?」と声を掛けられるまで、私はその場を動けずにいた。
「ありがとうございます、大丈夫です」と、きちんと答えることができただろうか。

頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで。

油断すると出そうになる涙を必死に堪え、何とか自分のアパートまで辿り着く。

なかなか見つからない鍵を探し当て、何とか鍵を開けてフラフラと玄関に入る。
ドアが閉まった瞬間、私はその場に崩れ落ちた。

全身に力が入らない。玄関に突っ伏したまま、動けない。
何のために出てくるのか、涙が止まらない。

───味方だと思っていた人が、そうじゃなかったから。
だから、私は泣いてるの。



どのくらい時間が経っただろうか。

繰り返し自分に言い聞かせていることに気がついて、私ははっとした。

───これは、本当の理由じゃないから、こんなに言い聞かせてるんだ。

だとしたら、本当の理由は。

そこで、その『理由』に、ガッチリと鍵がかかっていることに気がついた。
この先は見てはいけない、と、自己防衛本能が働く。

──修一さんと一緒に居るために、蓋をした、心。

私はふぅぅ、と、大きく息を吐いた。


大丈夫だ。もう関係ない。もう抑えなくてもいい。
関わり合いにならないから、迷惑をかけることはない。

この『理由』は、時間と共に、ゆっくりと薄れさせていけばいいだけ。
このまま閉じ込めていた方が、きっといつまでも昇華できないだろう。

私は覚悟を決めて、ゆっくりと心の鍵をあけ、扉を開いた。

中から出てきたのは、溢れるような恋心。
──ああ、私、本当に修一さんのこと、好きだったんだなあ。

そして私は、一晩中泣くことを自分に許して、思いきり泣いた。

この涙と共に、恋心も流れていけばいい。
引き継ぎをする水曜日までに、必ず気持ちを立て直す。


──私には、仕事しかないんだから。


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