今夜、シンデレラを奪いに
そういえば、車に乗るなりコンタクトを外すように言われたっけ。私を眠らせる前提で、そんな細かいことまで気をきかせる真嶋にますます腹が立つ。



優しい優しい真嶋の手を払いのけて、自分の左手をがぶっと噛んだ。


「っ…………」


すっごく痛い。血が滲んでる。だけどこれで少しはまともな意識が戻ってくる。眠い目を無理に開くと真嶋が呆気に取られていた。



「透子はたまに、ケモノじみた行動に出ますね。」


「誰のせいだと思ってるのよ!傷が残ったら責任取りやがれ、馬鹿」


「そして、時折言葉遣いが悪くなる。自傷行為の責任までは取れません。」


「もう、余計なこと話してる間にどんどん眠くなるじゃない!言葉遣いなんか知るか。

黙ってガラスの靴を受け取れ、この凶悪シンデレラ」


「シンデレラ?

意識が混濁し始めてるようですけど………」


「してない。正気で言ってる」


スカートの中にずっと隠していた真嶋のネクタイを取り出すと、さすがに驚いた顔をしていた。


「女スパイさながらですね」


前はこのネクタイでオフィスのデスクに縛り付けられた。それを手錠のようにして、真嶋の左手と自分の右手に巻き付ける。


「無意味なことを」と言いながらも、真嶋はされるがままに私に手を預けていた。手首には、デスクに飾って毎日眺めていた銀の飾りが見える。

ずっと預かっていた真嶋のカフリンクス。何個も持っているんだから片方なくした時点で捨ててもおかしくないのに、今も真嶋が使っているんだと思うと嬉しくて胸が疼いた。


「辛いことは一人で抱え込めば良いと思ってる真嶋の仕事の仕方が、私は気にくわないの」


「辛くはありませんよ」


「それは感覚が麻痺してるだけ!

知らないの?仕事で嫌な奴に会っても、「ムカついたね」って言い合える相手がいれば随分救われるんだよ。

私は最初から最後まで真嶋の上司にはなれなかったけど、助けになれるなら何だっていいから。これからは少しでも私を頼って欲しい。

捜査に必要なら私を利用していい。何度でも騙されてあげる。」


眠気と戦いながら、真嶋との長い長い平行線を埋める言葉を探す。でも真嶋の静かな瞳が揺らぐことはなかった。


「俺のせいで酷い目に合う透子をこれ以上見たくありません。俺も人並みに自己嫌悪などするんですよ。」


「しなくていいから!

私は、真嶋になら何をされても構わないから」


「ふふっ、何をされても?

さすがに寝てる間にそういう行為に及ぶ趣味はありませんのでご安心ください。」


「そーゆーこと言ってんじゃないのよ!この、あんぽんたん!!」


「…………罵倒されることには慣れてますが、そのような可愛い罵りは初めてです。

あんぽんたん……子供のような語彙ですね。」


クスクスと笑う声が優しくて、また眠気が強くなった。さっきから何度も視界が明滅してる。きっと、あまり時間が残ってない。


「このネクタイを勝手に解いたら、私の呪いが発動するようになってるから」


「すみませんが、スピリチュアルな分野を信じる方ではないので」


「そう?…………じゃあ真嶋は、御守りを買ったら、中を開け、る?」


「いえ、御守りは買いませんが開けないでしょうね。

なぜ今その話を?」


「これは御守りと同じ。勝手に解いたら、酷いことに…………」


暴力的な眠気に抗って最後に見た景色は、真嶋が血が滲んだ私の左手に唇をつけるところだった。
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