優しい音を奏でて…
待ち伏せ
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待ち伏せ

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仕事始めとはいえ、通常業務と何ら変わりない作業を終えて、15時半過ぎ、他のパートさん達とオフィスを出た。

通用口を出て、数人のパートさん達と駅方面へ向かうと、突然、

「カナ!」

と声を掛けられた。

聞き覚えのある声。

振り返ると、かつての交際相手、山本博臣(やまもと ひろおみ)が、立っていた。

もともと長身で細身の彼だったが、以前とは見違えるほど、げっそりと痩せてやつれて見えた。

前を開けたままのコートの隙間から見える見覚えのあるそのセーターは、昔、クリスマスに私がプレゼントした手編みの物。

「お先に失礼するわね。お疲れ様でした。」

空気を読んだ高木さんが声を発すると、他のパートさん達も、「お疲れ様でした」と去って行く。

残された私は、無視して立ち去る事も出来ず、立ち尽くしていた。

「カナ…」

かつてのようにそう私の名を呼びながら、彼は近づいて来た。

「話があるんだ。少し付き合ってくれないか?」

彼の声に我に返ると、

「私には、ないわ。」

と拒絶の意思を示した。

「カナに酷い事をしたのは、分かってる。
それでも、話を聞いて欲しいんだ。
これで終わりにするから。」

彼の切迫した表情は、やつれた体と相まって、強く拒絶するのが申し訳なくなってしまう。

「今夜は、予定があるの。少しだけよ。」

と私が言うと、

「あぁ。
ありがとう。」

と彼は微笑んだ。


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