緋色の勇者、暁の聖女
 何だか胸がザワザワする……

 だって、どうしてこの世界の人たちは、すぐに自分を犠牲にするんだろう。


 死ぬのは怖くない?

 もうこれしか出来る事はない?


 そんなの僕は全然納得できない。


「本当にそうなんですか?」


 いつの間にか僕の口から、そんな言葉がこぼれていた。


「ミュールさんは本当に、それしか出来ないんですか?」


 僕がこの世界に来て、学んだ事。


「死を選ぶより、生きて出来ることが絶対にまだあると思います!」


 ――――逃げない事。



「僕も、ミュールさんが死にに行くのは嫌です!」


 ――――あきらめない事。


「自分だけが犠牲になるんじゃなくて、みんなで考えれば出来る事がまだあるはずです!」




 ――――そして、仲間を信じる事。




 風が僕たちの間を、草を揺らしながら通りすぎていく。

 レイは僕に寄り添うように立つと、そっと手を握ってくれた。僕が言いたい事を言ってしまうと、誰もが言葉を失ったように口をつぐんでしまった。




 沈黙のまま、どのくらいの時間が過ぎただろう。辺りの夕焼けは既に夜の闇を落とし、頭上にはうっすらと星が輝き始めていた。

 突然ミュールさんは何かを振り払うように、頭を何度か振り、大きくため息をついた。そしてずっと逸らしていた視線を、真っ直ぐに僕たちへ向けてくれた。


「私は……彼の為だという事に、捕らわれすぎていたようですね」


 やっと目が覚めた、と言ってにっこりと笑った笑顔は、星が輝くように綺麗だった。
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