緋色の勇者、暁の聖女
 僕たちの心は悲しみで沈んでいた。

 誰も話さない。誰も、顔を上げられない。

 カナリは子どもみたいに泣きじゃくり、レイも、ミュールさんの遺体のそばで悲しみで眉を歪める。クレールは部屋の片隅で、じっとうつむいたまま黙り込む。長老様も長も、じっと黙ったままだった。

 ジャンさんは部屋にはいなかった。

 ミュールさんが亡くなったのを確認した後、一人部屋を出て行ってしまったから。

 僕は……ミュールさんのそばで、彼女の顔を見つめていた。


 こんなに綺麗な顔をしているのに、もう目を開けることは無いんだ……


 そう思うと心の底から悲しみと、グラファイトへの怒りが湧いてくる。そして、そんな感情は混ざり合い、いつの間にか自分の無力さへの強い怒りに変わった。




 ――――僕は何の為に、この世界に来たんだろう。




 結局、何も出来ないじゃないか!

 誰も助けられはしないじゃないか!


 『暁の聖女と共に希望を掴む』

 この世界へ来てから何度も聞いたけど、そんな言い伝えもあてにならない。聖剣というオプトゥニールだって、勇者である僕を助ける力がかろうじて出るだけだ。

 どうしたらいいのか、どうすればこの世界を平和にできるのか。



 僕には本当にそんな力があるの……?



 知らないうちに涙が溢れていた。自分でも驚いたくらいだ。その涙は音をたてずに頬を伝い、ポトリと落ちて床を濡らす。まるで僕の心をも落とすように。
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