緋色の勇者、暁の聖女
 長老様の家を出て、僕はいつの間にか昨夜ミュールさんの弔いの儀式をした空き地まで来ていた。

 今は誰もいない、何もない。地面に焼け焦げた跡が残っているだけだ。僕はその焦げ跡の前で足を止めた。


 ――――全てが終われば、元の世界に必ず帰れると思っていた。


 帰りたいと思っていた。それは今ではなくて、この世界が平和になってからだと考えていた。

 だけど世界が平和になっても、帰れないんだ……

 今なら、グラファイトに頼めば僕は帰れるかもしれない。だけどそれは、仲間のみんなを裏切りこの世界をも見捨てる事になる。

 ……お父さんとお母さんには、もう随分長い間会ってない。学校は、夏休みになったかな。これまで大変な事がたくさんあって、自分の世界の事を思い出す暇も無かった。

 だけど、手が届かなくなると思うと、何もかもがとても懐かしい……


 木々の間を通り抜けた涼しい風が、僕の髪を揺らす。空を見上げると高く、青く、広い。また風が吹き雲を流す。

 ここは本当に綺麗な世界だ。まるで悲しみなんて、何もないみたいに。

 空を見上げたまま目を閉じると、みんなの顔が浮かんでくる。

 ジャンさん、カナリ、クレール、ミュールさん……



 ――――そして、レイ。



 大切な人たち。僕はそれを、捨てる事ができるだろうか?


 ゆっくりと目を開けると、光の眩しさに一瞬目が眩む。大きく空気を吸い込み、深呼吸。
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