漢江のほとりで待ってる


玄関までのエントランスに差し掛かり、珉珠が追いついて来た。

「待って!由弦!誤解なの!」

その声に見向きもせず先へと足早に歩いて行く由弦。

「お願い聞いて!」

珉珠が由弦の腕を掴むと、その手はすぐに振り払われた。

それでも珉珠は、彼の腕を掴み、前にはだかった。

「副社長とは何もないから!」

珉珠の言い訳に、由弦は怒りを露わにしながら、

「何もない!?噂話なら笑って聞き流せる!でもさっきのは、しかもこんな早朝に兄貴の部屋から、オレの前に二人が出て来た!オレのこの目ではっきりと分かるような証拠を突き付けておいて、何もない!?ならその何もない証拠見せてよ!無理だろ!兄貴があなたとやったと言ったらそれは事実にもなる!二人しか分からないような、そんな事実は作らないで!事実あなたは一晩兄貴と一緒にいたんだ!その事実は消せない!オレだったら例えどんなことがあっても絶対にしない!!」

「……」

珉珠は言い返す言葉がなかった。

そこへ慶太も追いかけて来た。

「青木君大丈夫か?」

「……」

三人の中に嫌な空気が流れたその時、誰かがやって来た。

玄関の扉が開くと、慶太の母、雅羅と椎名が入って来た。

「あら!?みなさんお揃いでこんな所で何をやっているの?」と雅羅。

三人沈黙のまま。

咄嗟に、雅羅はこのただならぬ雰囲気に、ピンと来た。

「由弦さん?こんな時に何だけど、こんな状況の時に、本家に来るのはどうかと思うの。控えるべきでしょ?お爺様をはじめ、お父様やお兄様に迷惑がかかるって思わないと。もう手を引きなさい。あなたでは誰も幸せになんてできないんだから。現に今そうでしょ?」

胸を突き刺す一言。雅羅の本性を垣間見た瞬間。

由弦は幼い頃から雅羅の薄笑いが怖かった。

物腰は優しいのに、裏がありそうで素直に受け取れない。

それになぜか抑えつけられるような、またその笑みから急に無表情になる瞬間も怖かった。

あの時と変わらない居心地の悪さ。

珉珠の視線さえ痛かった。


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