〜starting over〜
夏休みの学校にいるはずのない人物に瞠目する。
見えない手に喉を絞められたように息苦しくなって、カタカタ震える身体。

「あちゃ~。狭い地域だから、どこかで姿見られて拡散しちゃったかな?」

奈々もヤバそうに口元を抑える。
やだ、会いたくないっ。
奈々が急かす声にも、今すぐ逃げ出したいのに、泥に足を取られたかのように身動きできなくなる。
苦しさにその場に座り込みそうになった私を、ふわりと後ろから抱きしめる腕があった。
この香水の香り……。

「キャーーーーーっ!!」

その人の登場に、女の子の黄色い雄たけびを上げた。

「瑞樹……どうして……」

外に営業スマイルを返し手を振るその人は、私をこの世界に呼び込んだ人。
人気実力を兼ねそろえる実力派俳優、川上瑞樹だ。

「凱旋ライブとは聞こえは良いけど、いい思い出がない所で杏が泣いてないかと、心配でついてきちゃった」
「そんな事したら」
「大変な事になる?俺からしたら、自分の彼女が傷ついたり泣いてる方が一大事だよ。何より、昔の男が居る地元に、杏を行かせるのが不安だったんだ」

ドアが閉まると席に私を導く。

「さて。動画取ってるヤツもいたから、スキャンダルで騒がしくなるかな?」

おどけるわりに、不敵な笑う姿に悪びれた様子はない。
事務所とかどうするのかと心配になってしまうど、

「こっちは真剣に付き合ってるんだ。認めちゃえばいいじゃん?」
「そんな簡単に……」
「事務所の了承もある。お互いにマイナスな事はない。大丈夫」

と軽く受け流された。
私達が付き合い始めたのはこのライブツアーが始まるちょっと前。
湊さんに懐いてる瑞樹は、その姪である私に興味を持ったらしく、事務所が一緒という事もあって何かとちょっかいをだしてきていた。
そして、何故か付き合う事に。
真輝の事で恋愛が怖くなっていたし、私なんかとイケメン俳優が交際だなんて何の冗談かと受け流してたけど、「少しずつ慣れてくれればいいから」と諭し私の恋愛への恐怖心ごと受け入れると言う瑞樹に折れてしまった。
始まったばかりの恋(と言っていいのかな?)。
まだピンときてなくて、どうしようと思うことの方が多いし。
まともなお付き合いをした事がないから、戸惑うばかり。
だから、ゆっくり、ゆっくりお付き合いをしていく事になったはずなんだけど。
公表されたら、落ち着いてなんていられなくない?
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