〜starting over〜


Muse新メンバーオーデションの審査を終えた後、誰もが口にした。

「……片平杏、だな」

杏のポテンシャルは高かった。
キーのレンジがとても広い曲も、シッカリ音程がとれている。
グループを組ませパート分担させても、自分のパートは、水を得た魚のように生き生きと輝きだす。
ハモリパートも出すぎず相手を生かすし、安定している。
だが……。

「杏はダメだ」
「どうして?」
「杏の歌声は強すぎる。今メインになっているマイが霞んでしまう」
「リードボーカルをすり替えるとか……」
「今Museにはマイが必要だ。人気に翳りがうまれてる今、現メンバーの精神面支えてるのは1番年上のマイだろう。メンバーが信頼を寄せるマイを蔑ろには出来ない。まだついてきてくれてるファンだって納得しないだろ」
「でも……」
「湊の意見も当然だな」

黙って見守っていた社長の星野が腕組みを解いてテーブルに肘を付けた。
星野さんは、嘗てシンガーソングライターとして数々のヒット曲を生み出し、現在でもこの業界で名をはせている人物だ。
独立して会社を設立する際、Whatever解散後、煮詰まっていた俺を拾ってくれた恩人だ。

「え、競争心が出ていいんじゃないですか?」
「あの子達はまだ10代だ。長い目で商品を育てるのも俺達の仕事だ。不信感やストレスでスキャンダルに走られては困る」

火の粉を消しに回る手間とスポンサーとの違約金等、ざっと計算しても採算が合わないと、星野さんはスタッフに言った。

「でも、あの人材を手放すのは惜しいですね……。瑠璃が抜けた分のボーカル力を補強しないと」

悔しがるボーカルトレーナーが頭を抱えるしぐさに。

「いや、第一候補が片平杏なのは変わらない」
「星野さん……っ」
「このまま順当にいけば片平だが、このオーディションの合宿中に才能を開花する物もいるかもしれないし、そういった事も考慮してフォーメーションを選定するのもおまえの仕事だろ?」

卑下笑みを浮かべて星野さんが俺を視線を配る。
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