冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
部屋を観察したい気持ちを、彼の品のよさが邪魔しているのがわかった。了はおそるおそる荷物をテーブルのそばに置き、「洗面所を借りていい?」と聞いた。


「どうぞ、廊下の奥よ」

「あの……どこ?」


私は台所から顔を出した。ベスト姿の了は、廊下でうろうろしていた。突き当たりに洗面台が見えているというのに。


「そこよ、あなたの正面」

「えっ……、ここで手を洗っていいの?」

「ほかに洗う場所なんてないわよ。掃除用水栓にでも見えた?」


図星だったらしく、了は黙った。無理もない。壁から突き出た愛想のない洗面台と、申し訳程度に張りつけられている鏡。彼の知っている『洗面所』とは似ても似つかないだろう。

飲み物を用意したところに、手を洗い終えた了が呆然として戻ってきた。


「麦茶しかなくて申し訳ないけど。飲んでて」

「あの、話がしたいんだ」

「やることを済ませてからでいい? 八時には恵を寝かせたいのよ」


私は続いて恵の食事の支度にとりかかった。チャーハンをつくって冷凍しておいたから、今日は楽だ。あとは野菜たっぷりのスープがあればいいだろう。

以前なら捨てていた、端切れのような野菜を冷蔵庫から出して、恵の食べやすい大きさに刻む。小鍋に入れて火にかけ、その間に洗濯機を回す。

住環境に贅沢を言わないと決めたぶん、電気代と水道代は惜しまないことにしている。子どもがいる家でこれを過度にケチるのは危険だ。冷房も暖房もちゃんと使う。お風呂のお湯は毎回捨てる。我が家のルール。

湯船を掃除し、お湯を出して台所に戻ると、野菜に火が通っていた。しっかり味つけをして、冷ます時間を省くため水で薄める。なんともいえず心が痛むやりかただが、背に腹は代えられない。


「恵、ごはんできたよ」


熱心にお絵描きをしていた恵は、テーブルつきの椅子の中で身体をはずませ、まだ用意していないのに「いたっちます」と元気よく頭を下げた。

カーペットの上に座り込んでいた了が、そんな恵にじっと視線を注いでいる。私は食事をのせたトレーを、彼のほうへ差し出した。
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