冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
私は娘の寝ている部屋に入り、そっと押入れを探った。年金手帳やスペアキーなど、捨ててはいけないものをとりあえず入れておく引き出しがある。ペンダントは箱に入ったまましまわれていた。


『さっさと売っておけばよかった……』


腕のある弁護士なら、こういうものをどうとでも言い立てて、裁判沙汰に持ち込み、こちらを呼び出す手立てを知っている。了が半端な弁護士に依頼するはずもない。逃げてもこちらの立場が悪化するだけ。お手上げだ。

娘がもめ事に巻き込まれるのをなによりも避けたかった私に、取れる手段はひとつ。連絡するしかなかった。

弁護士にはすぐつながった。了と直接交渉したいかと聞かれ、ノーと答えた。待ち合わせの日取りや場所の確定に至るまで、弁護士が間に入ってくれた。

話したい、一時間でもいい、という”依頼人”の希望を聞いたとき、また腹が立った。子供のいる人間にとって、ひとりで外出するということが、どれだけの調整を要するプロジェクトなのか、わかっていないのだ。

子どもを預かってくれる先を探し、対価を支払い、その日の気温や子どもの体調によって着替えや食事、飲み物を選別して荷造りし、自分の身支度もする。

出かける瞬間、子どもが前向きとは限らない。ときには泣きわめく子どもを抱きかかえ、やっとこ預けたときには余裕を見ていたはずの予定時間もあっさりオーバー、目的地まで全力で走り、着いた頃にはくたくただ。

まあそれはいい。このときは、了に会うためにそこまでの手間をかける気にはならなかったので、仕事の休憩時間に、職場の近くまで来てもらうことにした。

どうせ費用は向こう持ちだろう。であればずっと食べたかったパンケーキを食べようと指定した喫茶店に、了は先に来ていた。それどころかだいぶ前からいたようで、水もアイスコーヒーも氷が溶け、結露でテーブルは水びたしだった。

判決を待つ被告みたいに、両手をひざに置き、じっとテーブルを見つめていた了は、私が近づき、コンコンとテーブルを叩くまでこちらに気づかなかった。

はっと弾かれたように顔を上げたときの、あの驚愕に満ちた顔を忘れない。

住所を突き止めたのなら、写真くらい見ていただろうに。それでもなお、隠しきれなかった、以前の私とのギャップに対する驚き。そして落胆。

そういう正直なところを愛した、かつての日々を思い出した。

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