冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
了が口を開いた。形のいい白い歯。かつて数えきれないほどキスをした唇。


「俺と結婚して」


硬く強張った、きれいな顔。

そこをめがけて、グラスの水をぶちまけそうになったのを、なんとかこらえた。




ことの発端は、一カ月ほど前に届いた一通の手紙だった。

スーパーマーケットでのパートの仕事を終え、保育園に娘を迎えに行って、ベビーカーを押してアパートに帰ったら、ポストに見慣れない封筒が入っていた。

法律事務所の名前が印刷されていた。まず思ったのは『詐欺かな』だった。

余裕のある暮らしではないけれど、消費者金融のお世話になったことはないし、キャッシングだって一度たりともしていない。おかしなサイトにアクセスするひまもない。善良な市民だ。

部屋に上がり、どこにそんなに入るの、と聞きたくなるほど食欲旺盛な娘に具の細かいごはんをつくり。たっぷり食べさせてお風呂に入れ、眠くて仕方ないくせに『おえかき!』とぐずるのをなだめて寝かせ、ようやく自分の時間になったところで、封筒の存在を思い出した。

格安で買わせてもらえるお惣菜をつつきながら、はさみで上部を切って開ける。中からは三つ折りの白い書面がでてきた。


『当職は、狭間了氏(以下、「依頼人」という)の代理人として、貴殿に対し通知いたします……狭間了!?』


思わず大きな声を出してから、引き戸の向こうで娘が寝ていることを思い出す。震える手で、何度も書面を読み返した。

要するに、こうだ。依頼人からの依頼で、私の住所を突き止めた。私からの連絡を待っている。いついつまでに連絡をよこさなければ、法的手段に出ることも依頼人は検討している、云々。

怒りがこみ上げた。法的手段てなによ。出られるものなら出てみなさいよ。私は了から借りたまま返していないようなものもないし、もらったものだって……。

そこまで考えて、うなだれた。もらったものは、ある。

出会ってから一年ほど、了は私にいろんな方法でアプローチしてきた。その中にはプレゼント攻勢も当然あり、たいていは花や食べ物だったけれど、一度だけ。

そう、一度だけ、突然あの男が、ダイヤモンドのペンダントをくれたことがあった。

最後に会った日だ。
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