冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
さっと上着を持って立ち上がり、「変わらないでしょ」と叩こうとした私の手を上手にかわす。その流れで鞄を拾い上げ、「全然違うよ」と口の端を上げた。


「女らしさと男らしさは両立するからね。定義の是非は置いといて」

「会社に戻るの?」

「いや、お得意さまをいくつか回る」

「気をつけて」

「うん」


人目につかない範囲で見送ろうとドアまで一緒に移動したところで、了が足を止め、振り返った。なにを考えているかすぐにわかった。もう目つきが甘えている。

どうぞ、と見上げると、じつに素直なキスが来た。

両手がふさがっていた了は、一度唇を離すと、上着と鞄をまとめて片手に持ち、あいた手で私の指先を握る。そしてまた唇を重ねた。

場所柄、音も立てないよう、おとなしく、だけどじっくり優しく、"もっと一緒にいたいよ"と伝えてくるキス。


「職場でごめんね。恵がいると、できないからさ……」

「したっていいんじゃない?」

「教育に悪くない? 保育園で、ほかの子にしたりしたらさあ……」


生真面目だ。まあ私も、恵の目の前でわざわざしようとは思わないけれど。


「そんなこと言ってたら、家でなにもできないじゃない」

「そりゃ、その、たとえば恵が寝たあとなら、いろいろ、あの」


なにを想像しているのか、急に顔を赤らめ、しどろもどろになる。私は「冗談よ」と背中を叩いてなだめ、ドアを開けようとした。「そうだ」という了の声がそれを押しとどめる。


「どうしたの?」

「今日、Selfishの編集部に行ったって言ったろ。編集長さんに挨拶をしたかったんだけど、神野さんが出てこなかったんだよ」

「真紀が? たまたま不在だったってことじゃなく?」


了が首を横に振る。


「別の女性が出てきて、自分が編集長だって名乗った」

「そんなバカな! 編集長交代っていったら一大イベントよ。プレスリリースも出さずに行われるわけない」

「俺もそう思って、交代されたんですかって念を押したんだ。"今は代理です"だってさ。ちょっと訳がありそうだったよ。訪ねていった理由が理由だから、深くは突っ込めなかったけど」
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