冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
そうよね、と上の空で相づちを打った。"今は代理"? 交代準備かなにか? それにしたって、了のような取引先に事前に連絡がいかないのはおかしい。

自分の顔が険しく歪んでいくのがわかる。了の手が肩にのせられ、びくっとした。

申し訳なさそうな顔で、彼が私を見下ろしていた。


「ごめん、そんなに動揺させるつもりじゃなかった」

「あ……私こそごめんなさい。べつにもう、関係ないことなのにね」

「あるよ。古巣だろ」


古巣だからこそ、勝手に身内気分になっちゃいけないのよ。

反省も込めて自嘲すると、了が優しく頭をなでた。


「猫タイプは、家から引き剥がされたときの傷が大きいんだ」


それから額に顔を寄せ、そっと唇を押しあてる。


「新しい家が見つかってよかったね」


いつまで猫扱いする気よ、と振りほどく前に、了はドアを開け、廊下に出ていた。バイバイ、と手を振って、エントランスのほうへ歩いていく。

私も席に戻らなくては。ゴミを片づけ、テーブルを拭くうち、動揺がぶり返してきた。

了のもたらした情報は衝撃だった。Selfishでなにかが起こっている。真紀はなにをしているのか。無事なのか。

私のこの気持ちは、ただの好奇心なのか、昔の家への思慕からくるものなのか。


* * *


広くて明るい玄関に呆然と佇み、恵は「おかえりー」とつぶやいた。


「おかえりじゃないよ、恵が帰ってきたんだから、ただいまだよ」


律儀に了が訂正するが、ただでさえ逆におぼえているところに加え、引っ越し先にはじめて来たという状況を思えば、恵に理解するのは無理だろう。

長袖のTシャツにデニムというくつろいだ姿の了が、恵を、彼女が抱えていた人形ごと抱き上げた。


「これ、どうしたの? お友だち?」

「ののちゃん」


「ののちゃん?」と了が首をひねる。


「少し前にまこちゃんがくれたのよ。引っ越し前とあとの環境をつなぐものが、ひとつあったほうが子どもも馴染みやすいからって」


廊下に上がりながら教えた。なるほどー、と了は恵を抱えて廊下を歩きはじめる。


「探検してみる?」

「みる」


私は恵を了に任せ、当座の消耗品などを確認することにした。

たっぷりした3LDK。部屋は十分にあり、掃除が憂鬱になるほど広すぎない。玄関を上がると正面に廊下が伸びていて、突き当たりがリビングだ。
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