Monkey-puzzle
◇
途中何も話すことなく田所さんをお連れした三課の入り口。
「おはようございます…え?!田所さん?!」
高橋が目を見開いて田所さんを出迎えた。
「まさか、何か不手際でも…」
「いえ、今日は少し木元さんとお話がしたくて来させて頂いたんです。」
柔らかな雰囲気と、笑顔。
高橋に応対する彼女はいつもの『田所さん』に戻っている。
…とりあえずここは任せた、高橋。
田所さんを預けて、ミーティングルームで話をしている亨と渋谷の所へ向かった。
「おはようございます、木元さん。」
ドアをノックする寸前、声をかけられる。
ガタイの良さと濃いめの顔…そして強い眼差しの持ち主。
軽く会釈をして挨拶を返したものの…
「コンペの事なんですけど、恭介から何か聞きましたか?」
愛想の良いこの青年が何故私に話しかけているのか、心辺りが全くない。
隣の子に目を向けたら、ビクッと身体を揺らしてから頭をぺこりと下げた。
…この子、時々書庫整理部で見かける子だ。
思い出そうと記憶の糸を辿り始める。
「木元さん?」
「すみません…コンペですか?
私、今年は一人で出すので、渋谷とは関わっておりませんが…。」
「え…?マジっすか?すげえ!」
一体何について感動しているのかよくわからないけれど、とりあえず横で私の顔色を伺いながら「すみません」と何度も軽く会釈する女の子が大変そうだと思った。
「今年は更に面白くなりそうっすね。お互い頑張りましょう。」
「いくぞ」と踵を返して歩き出すその人を女の子が慌てて追いかける。
「ま、待ってください…鎌田さん…」
足元はかわいらしいベージュピンクのフラットシューズ。
そうか、渋谷の言う通りペタンコな靴でもああやっておしゃれに履きこなせるんだね。
二人の背中を見送ってからドアに再び向かう。
鎌田さん…か。
ふと頭に過った渋谷の話。
『知らない?一課の鎌田樹』
…ああっ!そうか、あの人が。
思わずおでこに手を当てて項垂れた。
私…本当に社内の人間に興味なさすぎたね。
入社して三課に配属されて人付き合いは何となく亨がしてくれると言う事に甘えていた。
対外的には問題なくしている人付き合いも、社内ではおざなりで。
…よくなかった、私。
反省して俯いた先には違和感なく私の足にいる渋谷から貰った靴。
『ピンヒールやめたら?』
渋谷と話す様になってから気づかされる事、本当に多いな…。
一つフウと溜息を吐きながら、ドアノブに手をかけ、中へと入った。
亨に事のあらましを話して、「お客様だから」と亨が指示しおさえたのはこの前亨と話した小会議室だった。
…この前のやり取りを思い出してしまうここは出来れば使いたくなかったけれど仕方ない。亨が客室ではなく、ミーティングルームでもなく、ここを指定したから。内容によっては、そのままワークショップの戦略会議になるかもしれないと踏んだからなのかもと理解した。
田所さんに亨の対面に座って貰う。
私は…渋谷の隣だな。
一応、プロジェクトを外れているわけだし、と渋谷の隣に座る。
田所さんを前に、亨、渋谷、私の布陣になり、クライアント一人に三人はやはり威圧感があるとあらためて思いながら亨と渋谷に目を向けた。
いつも通りの笑みを浮かべている亨とは対照的に若干眉間に皺を寄せて不服そうな顔をしている渋谷。
まだ機嫌が悪そう…と少し心配したのと同時だったと思う。机の下で横から掌が伸びて来て包まれた。
は、はい?
渋谷の顔を見ても眉間の皺は消えたけど、何食わぬ顔で目線は田所さんに向けている。
「どうした?」
私が怪訝な顔をして渋谷を見ていたんだと思う。亨が不思議そうに私を見た。
渋谷の握る力が少し増して指同士を絡められた。
「な、何でもない…」
亨に返事をしてから再び見た渋谷の横顔。窓から差し込む日の光に反射してメガネのレンズが光っていて表情がよく見えない。
何を考えてるんだろう…こんな時に。
密かな”触れ合い”に、緊張が走り絡められた指に力が入る。それに反応してまた強く握り返された。
…これこそラブラブカップルみたいで恥ずかしいんだけど。
「木元?」
「も、もうしわけありません……田所さん、お話をしていただいて大丈夫ですよ?」
慌てて微笑んで田所さんに目を向けたけど私を見ている田所さんは明らかに不服そうな顔をしていて、冷たい目線。
「あ、あの…田所さん?」
私の呼びかけに、フイッと目を逸らすと今度は潤んだ瞳を亨と渋谷に向けた。
途中何も話すことなく田所さんをお連れした三課の入り口。
「おはようございます…え?!田所さん?!」
高橋が目を見開いて田所さんを出迎えた。
「まさか、何か不手際でも…」
「いえ、今日は少し木元さんとお話がしたくて来させて頂いたんです。」
柔らかな雰囲気と、笑顔。
高橋に応対する彼女はいつもの『田所さん』に戻っている。
…とりあえずここは任せた、高橋。
田所さんを預けて、ミーティングルームで話をしている亨と渋谷の所へ向かった。
「おはようございます、木元さん。」
ドアをノックする寸前、声をかけられる。
ガタイの良さと濃いめの顔…そして強い眼差しの持ち主。
軽く会釈をして挨拶を返したものの…
「コンペの事なんですけど、恭介から何か聞きましたか?」
愛想の良いこの青年が何故私に話しかけているのか、心辺りが全くない。
隣の子に目を向けたら、ビクッと身体を揺らしてから頭をぺこりと下げた。
…この子、時々書庫整理部で見かける子だ。
思い出そうと記憶の糸を辿り始める。
「木元さん?」
「すみません…コンペですか?
私、今年は一人で出すので、渋谷とは関わっておりませんが…。」
「え…?マジっすか?すげえ!」
一体何について感動しているのかよくわからないけれど、とりあえず横で私の顔色を伺いながら「すみません」と何度も軽く会釈する女の子が大変そうだと思った。
「今年は更に面白くなりそうっすね。お互い頑張りましょう。」
「いくぞ」と踵を返して歩き出すその人を女の子が慌てて追いかける。
「ま、待ってください…鎌田さん…」
足元はかわいらしいベージュピンクのフラットシューズ。
そうか、渋谷の言う通りペタンコな靴でもああやっておしゃれに履きこなせるんだね。
二人の背中を見送ってからドアに再び向かう。
鎌田さん…か。
ふと頭に過った渋谷の話。
『知らない?一課の鎌田樹』
…ああっ!そうか、あの人が。
思わずおでこに手を当てて項垂れた。
私…本当に社内の人間に興味なさすぎたね。
入社して三課に配属されて人付き合いは何となく亨がしてくれると言う事に甘えていた。
対外的には問題なくしている人付き合いも、社内ではおざなりで。
…よくなかった、私。
反省して俯いた先には違和感なく私の足にいる渋谷から貰った靴。
『ピンヒールやめたら?』
渋谷と話す様になってから気づかされる事、本当に多いな…。
一つフウと溜息を吐きながら、ドアノブに手をかけ、中へと入った。
亨に事のあらましを話して、「お客様だから」と亨が指示しおさえたのはこの前亨と話した小会議室だった。
…この前のやり取りを思い出してしまうここは出来れば使いたくなかったけれど仕方ない。亨が客室ではなく、ミーティングルームでもなく、ここを指定したから。内容によっては、そのままワークショップの戦略会議になるかもしれないと踏んだからなのかもと理解した。
田所さんに亨の対面に座って貰う。
私は…渋谷の隣だな。
一応、プロジェクトを外れているわけだし、と渋谷の隣に座る。
田所さんを前に、亨、渋谷、私の布陣になり、クライアント一人に三人はやはり威圧感があるとあらためて思いながら亨と渋谷に目を向けた。
いつも通りの笑みを浮かべている亨とは対照的に若干眉間に皺を寄せて不服そうな顔をしている渋谷。
まだ機嫌が悪そう…と少し心配したのと同時だったと思う。机の下で横から掌が伸びて来て包まれた。
は、はい?
渋谷の顔を見ても眉間の皺は消えたけど、何食わぬ顔で目線は田所さんに向けている。
「どうした?」
私が怪訝な顔をして渋谷を見ていたんだと思う。亨が不思議そうに私を見た。
渋谷の握る力が少し増して指同士を絡められた。
「な、何でもない…」
亨に返事をしてから再び見た渋谷の横顔。窓から差し込む日の光に反射してメガネのレンズが光っていて表情がよく見えない。
何を考えてるんだろう…こんな時に。
密かな”触れ合い”に、緊張が走り絡められた指に力が入る。それに反応してまた強く握り返された。
…これこそラブラブカップルみたいで恥ずかしいんだけど。
「木元?」
「も、もうしわけありません……田所さん、お話をしていただいて大丈夫ですよ?」
慌てて微笑んで田所さんに目を向けたけど私を見ている田所さんは明らかに不服そうな顔をしていて、冷たい目線。
「あ、あの…田所さん?」
私の呼びかけに、フイッと目を逸らすと今度は潤んだ瞳を亨と渋谷に向けた。