Monkey-puzzle
One flake of the love(オマケのお話)








事の発端は、大学時代からの親友「みっちゃん」の一言。


「私、今年のバレンタインは彼に手作りをプレゼントしようと思って?」


あの…みっちゃんがだよ?



あの、『秘書、上田』として世界に名だたるグループの会長の秘書としてバリバリ仕事をこなし、いつでも峰不○子ばりに奇跡的なナイスバディを保ち続けている(ついでに、いつも何か良い匂い)


あのみっちゃんが、『彼氏に手作りチョコ』


何それ!
超素敵なんですけど!


「だって、せっかく出来た大切な人だから。想いを伝えたいと思って」

理由が乙女!


見た目とのギャップがありすぎて、可愛い…

人ごとの様に感心をしていたら、綺麗すぎるスッピン顔が覗き込んできた。


「真理子だって同じじゃない?大切なんでしょ?」

そ、そりゃ…うん、大切な人である事は間違いないよ?
こんなしょうもない私を想ってくれて、理解してくれている人だもん。


「だったら、決まり!一緒に作ろう!きっと彼、喜ぶよ?」

喜ぶ…のかな。

ふっと浮かんだあの柔らかくて懐っこい笑顔。


「真理さん」


優しく呼んでくれる声を思い出したら、気持ちがギュウっと締め付けられて、恋しくなった。











一年半後にあるNY支部の移動を前に、仕事が立て込んでいて忙しい渋谷。


どうやら、課長に就任した白石がその役目を全う出来ずに、渋谷に泣きついたみたいで…。課長業務を半分こなしながら通常業務とNY支部の開設準備を手がけているらしい。

元々三課で働いてた私には、その多忙さが尋常じゃない事位手に取る様にわかる。

多分、自分のスマホを開いてメッセージのやり取りをする事すら、煩わしく感じるんじゃないかな…なんて思うと、結局私からも連絡を取らずじまいで。

とんとご無沙汰なんて事、ここ数ヶ月ザラで、ほとんど会えていない状況だった。


三課に居た頃は、一緒に居る事が当たり前でそれがどれだけ凄い事かわからなかった。
実際にそこに渋谷が居なくても、隣り合わせているデスクが目に入るだけでその存在を感じて安心を覚えていた気がするから…。


「だからさ、今のその気持ちを伝える為にも、バレンタインを口実に、真理子も呼び出してみたらどうかしら。」

そうだね…イベントの雰囲気に持ち上げられて素直に気持ちを言えたりするのかも。


「よし、真理子頑張ろう!」
「う、うん…」


一念発起して十数年ぶり(恐ろしくて数えたくない)に作った手作りチョコは、渋谷の好きなコーヒーとビールを少し混ぜて作った、甘さ控えめのビターな生チョコで(ちなみに、みっちゃんはシャンパンを入れた)英字新聞柄の包装紙に黄色いリボンなんてかけちゃって、我ながらよく出来たと浮かれていた。


だけど、当日の朝を迎えた所で我に返った。


…殺人的に多忙な渋谷を「チョコ作ったから、会いたい」って呼び出すの?
30歳もとっくに過ぎた私が?
『手作りチョコをあなたに?』って?

いや、みっちゃんは良いと思うんだよ。

見た目は峰不二○だし、中身はもの凄い乙女だし。
いつでも、彼氏の事を嬉しそうに話してて。
きっと、彼氏の前でも楽しそうにしていて可愛いんだろうし。


だけどさ…“私”だよ?

未だにピンヒールを履きこなせなくてコケてるし、最近歳を重ねたせいなのか、化粧乗りが最悪で…。
おっちゃんの所に行って大好きなオヤジさん達と日本酒熱燗飲んで「くーっ!」って言ってる事が増えた気がする。そんな私がだよ?


無理!絶対無理!


あ、でも一応同じ会社だし、会えるかもしれないからね…。


呼び出さないよ?
呼び出しはしないけど…


未練たらしく言い訳をしながら、一応保冷剤と一緒に小さな保冷バッグに入れて、鞄に忍ばせた。


けれど、渋谷と会う事は無くて、終業時間を迎え、サービス残業もしていい時間。


…当たり前だよね。

イベント会社だよ?
バレンタイン当日が忙しくないわけないじゃない。

しかも、三課は小さなお店とかワークショップを手がける課だから、バレンタイン時期はパンク寸前まで仕事量が膨れ上がるのを誰よりも私が知っている。


デスク下にある鞄に思わず目をやった。


…そもそもさ、渋谷は甘いものが苦手だって言ってたし。あげた所で迷惑だったのかも。


山田部長が帰った後の書庫整理部はシン…と静まり返っていて、深く吐き出した息がやけにむなしく響いている気がした。

その静けさに感じた寂しさ。


「…行こ。」


それをかき消す様に、言って立ち上がると、書庫内の電気を落とした。
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