一生に一度の恋をしよう
「確かにね、少し不安になる事もあるの。私に王妃なんか務まるのかって。でもね、ハルルートが側に居てくれたら頑張ろって思える、ハルルートも私が居たら頑張れるって言ってたから、きっと私達、うまくいくと思うの」

そんな事を言う恵里佳の笑顔は本当に幸せそうだ、羨ましいな。

「うん」

だから、否定なんかない。

「私もそう思う!」
「ありがとう」

大学出て、すぐに見初められて、異国の王妃様。なんて絵に描いたような人生なんだろう。

「でも、渚沙はずっと友達でいてね」

その言葉は、少し寂しげな笑みで言った。

「当たり前だよ!」

私は力強く宣言した。

「ずっと友達だよ! 毎日メールするよ、していいなら電話も! ビデオチャットだってできるんでしょ!?」

恵里佳は「うん」とトーンを上げて返事をしてくれた。

「ありがとう、渚沙、大好き」
「私もだよ! なかなか会い辛くなっちゃうけど、忘れないでよ!」
「勿論よ。ねえ、渚沙もセレツィアに住んだら? とても、いい国なのよ? そうしたらいつでも会えるし」
「会えるのはどうかなぁ? だって恵里佳は王妃様だよ?」
「じゃあ、ハルルートの親族と結婚したら? みんな宮殿に住んでるから、渚沙も住めるわ」
「あは、私に王族なんか無理だって! あ、じゃあ恵里佳付きの侍女とかに立候補しようかな」
「あ、それいいかも! 24時間いられるわね!」

そんな叶いそうもない夢を語らううちに、眠りについていた。


***


『おい、どっちだ?』

真夜中に声が聞こえた、男の声……感覚としては明け方近くと思えた。

『黒髪だろう』
『どっちもだが』
『いや、黒いのはこっちだな』

会話にもう少し意識が浮上する、私は寝返りを打った。

途端にうつ伏せの形になるよう肩を押さえつけられ、手早く両手を後ろ手に縛られる。

「えっ、なん……!」

上げた声は全く響く事なく、口にはガムテープを貼られる。
男らしい分厚く硬い肩に担ぎ上げられ、足首にもガムテープを巻かれ、そのまま運ばれた。

「んんんーっ!」

声を出してもがくけれど、私はあっさり窓の外のバルコニーに連れ出された。
恵里佳は気付かず熟睡してる、裏切り者!
バルコニーで大きな袋に詰められる。

「んんーっ! ん! ん!」

身をよじって暴れてみるけれど全く効果はなく、袋の口は閉じられ運ばれる。

恵里佳の部屋は四階に当たる、そのバルコニーから、ぶらんぶらんと吊るされて下されたらしい。
人の手で運ばれ、床の硬いけれど振動を感じる場所に置かれた、バタンと閉まる音がすると更に暗くなった。
遠くでエンジン音がして振動と共に動き出す。
車のトランクに押し込められたと判った。
体感では15分くらいかな、走った後、止まった、エンジンが切れる前に車から下され、男らしい腕に抱き上げられて運ばれる。

ドアが開閉する音。

『シルヴァン様、お連れしました』
『ご苦労さん』

もっともそれはフランス語で、私には判らない。
床に座られされた状態で袋の口が開けられる。

「恵里佳妃、手荒な真似をして申し訳な……」

それは英語だった、男性の声がして視界が開かれる。

薄暗い室内だった、怖くて涙目になった目にはあまりはっきり見えなかったけれど、それでも数人の男達が私を見ているのは判った。
私の目の前で片膝をついている黒髪の男が袋の紐を解いてくれたらしい、私を見て、目を見開いた。

『……誰だ?』

呟くように言った。

『え、恵里佳妃で……?』

男の一人が答える。

『恵里佳妃はではない!』
『ええ!?』

男達が声を上げた。袋の口の解いてくれた男の後ろに立つ背の高い浅黒い肌の男は、顎に手を当ててニヤニヤ笑ってるのが判る。

「ん、んーっ!」

私が訴えると、目の前の男が口のガムテープを剥がしてくれた。

「私は橋本渚沙! 恵里佳に何するつもり!?」

恵里佳の名前が出ていたから、英語でまくし立てる。

「悪かった」

男は言って私を立たせると、手足の拘束を解くよう他の男に言う。

「人違いでこんな事に。恵里佳妃にも手荒い真似をするつもりはないんだ」
「恵里佳だってこうして連れて来るつもりだったんでしょう!? 何処が手荒くないのよ!?」
「まあ、そう言われると困るんだが」

そう言って彼は困ったように微笑んだ。

『どうする、この不始末?』

浅黒い肌の男性がフランス語で言う。

『どうもこうも、無用の長物だ。まいったな、とんだ道草だ』

紐を解いてくれた男性が答えた。

『まあアントニオ達は恵里佳妃の顔も知らないだろう、宮殿に出入りすらしていないんだからな。だから俺が行こうかと言ったんだ』
『お前が行って、万が一捕まりでもしたら俺が言い逃れ出来ないと何度言ったら判る?』
『そんなドジは踏まないのに』
『まあ、結果的に大失敗だったしな』

他の男達はオロオロするばかりで。
その様子に、誘拐なんぞに慣れていないのが判って私は怒りを鎮めてしまった。

「何か、事情があるの?」

彼はまた微笑む、今度は鼻で馬鹿にしたような笑み。

「外国の女に話しても仕方のないことだ。宮殿まで送ろう」
「そんな! こんな目に合わせておいて、はい、さようならな訳!?」
「俺達に構うな」

その言葉は、ドアを乱暴に叩く音でかき消された。

『ここを開けろ!』

怒鳴り声が響く。

『素直に出てくれば、出頭と受け止めてやる、早く出て来い!』

室内の他の男達が拳銃やらナイフやらを取り出すのを見て、浅黒い肌の男が制した。

『騒ぎを大きくするな、抜け道から逃げるぞ』

男達は頷いて、室内にあった荷物を手に取る。

男のうち二人は、部屋の奥のタンスを退かして、床にあるタイルを剥がす、それはカムフラージュで実際は木の板だった。

「お前も来い、見つかると厄介だ」

紐を解いてくれた男性に指で招かれる、私は首を横に振った。

「私は残る、みんなは逃げて」

全員が、え?と言う顔で私を見た。

「ここへは私が自分一人で来たって言う。言い訳は適当に考えるわ。とにかく行って、時間稼ぎにはなるだろうから。見つかりたくないんでしょ?」

なんか。
勘だ。

目の前の人達は、皆、悪人には見えなかった。
そして、乱暴に叩かれ続けるドア、それこそが何か悪いもののような、直感。

「そんな事、通用する訳……」
「いいから」

私はガムテープを剥がしてくれた男を回れ右させて、背中を押した。

「あの隠し扉も戻しておくから、早く!」

私にせかされて男達が50センチ四方の床の穴に消えていく、浅黒い肌の男性に続いて、最後に紐を解いてくれた男性が。

私は蓋となるタイルを被せた。

「ありがとう」

閉まる直前、優しい声がした、色っぽい笑顔と共に。

ちょっと、きゅんときた。落ち着いて見たらイケメンだわ。

その余韻に浸る間も無く、私はタンスも戻し、ドアに向かうと絶え間なく乱暴に叩かれ続けるそれをようやく開ける。

「……きゃ……!」

思わず声が上がる、だって、えらい重装備な兵士?特殊急襲部隊?みたいな格好してる人達が数人、拳銃を向けていたから。

硬直する私を押しのけ、別の数人が中に飛び込んでいく。

「女!? 何者だ!? お前一人か!?」
「は、い……橋本渚沙、と言います……」

どうやら顔では判らなかったようだけど、それほど流暢ではない英語と名前で、犯罪者ではないとは判断してくれたようで……。
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