その恋に落ちるのは、彼の罠に掛かるということ
「少しずつ俺のこと好きになってもらえればそれでいいって思ってましたけど、由梨さんの心を占拠してるのは俺じゃなくて、やっぱり武宮課長みたいですね」

武宮課長ーー急にその名前が出てきて、私は目を見開く。心の中を見透かされたようで、だけどそれを認めたくなくて、必死に首を横に振った。


彼に対しても認めたくなかったけれど、一番認めたくなかったのは自分自身に対して。


「違う。そんなことないよ。さっきも言ったでしょ。私、今日凄く楽しかったよ」

「ありがとうございます。でも、別にドキドキしたりもしてなかったですよね?」

「え……」

「俺は由梨さんのことが好きだから、こう見えて今日は一日中ドキドキしてましたけど、由梨さんがそうじゃないのはわかってました。由梨さんにとっての今日一日は、友達と遊んで楽しかったとか、そういう感覚でしたよね」


今度は、首を横に振れない自分がいた。

彼の言っていることは確かにそうかもしれなかった。楽しかったというのは事実だけれど、恋人に対するそれとは確かに違った。



「あーあ。やっぱり課長には敵わないや」

相田君が、私に背を向けてから両手を上げ、グッと背伸びをする。


「別れましょう、由梨さん。いや、幹本さん」

私に背を向けたまま、彼は言う。


「幹本さんが武宮課長と上手くいっていないことにつけ込んだ俺が間違ってました。そんなことしても幹本さんの心を奪える訳がなかったです」

「相田君……」

「幹本さんは、男性だらけの営業課の中でもいつも自分の意見をはっきり述べててカッコいいなと思ってました。だから、武宮課長にももう一度ちゃんと真正面からぶつかってください」


そんで、ぶつかった後ははっきりとフラれちゃってください、と言ってくる相田君に、思わず笑ってしまった。


「……うん」

私は静かに頷いた。
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