記憶がどうであれ

12話

 あの日から彼は一度もハメ撮りをしたいとは言わない。
 一度で満足してくれたのだろうか。
 それならそれでいいのだけれど、もしかしたら、私に言えないからと他の人としていたりして…なんて疑う気持ちが湧いてくる。
 だけど、離婚した後に誰とも行為をしていないと言った彼を信じるのならそう簡単に人に話せる性癖ではないのだと思うし、そう簡単に受け入れられる行為でもないように思う。
「…信じきれないなんて、私って本当に酷い人間だよね」

 こんな人間になった訳は、やっぱりあれだけ愛されていると思っていた元主人に綺麗さっぱり忘れられた過去があるからだろう。


 ある日のデートの際、初めて彼から元主人との事を訊かれた。
「どうして離婚したの? ご主人の浮気とか?」
「どうして浮気?」
「いや。 君は仕事しながらも家庭のこときちんとしてるし、きっとお姑さんともうまくやってたと思うんだ。 君の方が浮気ってことは無いだろうから、ご主人の浮気が原因なのかと思ったんだけど、違った?」
 家庭のことをきちんとしているなんて、私の家でご飯を食べることもある彼がそう思ってくれたのは嬉しい。
 だけど、それは週に一度あるかないかのことで、毎日きちんとしているなんてことは無いというのが恥ずかしい。
「私、きちんとなんてしてないの。 元主人の協力あってこそ仕事を続けられてた…
それに、元主人のご両親とうまくなんてやれなかった。
結婚に反対されてね。
元主人がご両親との付き合いは気にしなくていいと言ってくれたから、私はそれに従ってた」
「結婚を反対された? どうして?」
 私という人間は結婚を反対しなければならない女だったと知り彼は顔色を変えた。
 お互いに結婚するつもりは無い。
 でも、そんな女なのだと知られるのは本当は嫌。 だけど嘘はつきたくない。
「…私、高卒で働きだしたの。 元主人のご両親はきちんとした家柄の人と結婚してほしかったみたいで」
「高卒ってだけできちんとしてないって事ないだろう?」
「自分の両親とも色々あって疎遠になっていて、結婚式にも来ないって話したら本当に信じられないって目で見られた。
きっと私が実の親にも大切にされていない存在だって気づいてしまったのだと思う…」
「それが離婚原因?」
 それは離婚の原因にはならない。
 それが原因になるのならきっと結婚自体していなかった。
「…元主人は私を必要だって言ってくれた。 そのままでいいって。
だけど、元主人が事故にあって…」
「え!?」
 もしかして元主人に重い後遺症が出て見捨てたと思っただろうか…
 そんなことはしていない。
 だけど、記憶喪失になっただなんて信じてくれるのだろうか。
「怪我は幸い軽傷だった…だけど頭を打ったのか…私のことを知らない人だって言ったの」
「…記憶喪失?」
「そう。 信じられないでしょ?
私と出会った頃からの記憶を綺麗に忘れちゃったの」
「それで君は!? そのまますぐに離婚したっていうのか!?」
 鬼気迫る彼の言葉。
 自分なら、そんなことはしなかったと言いたいのだろう。
「元主人が離婚を望んだの。 私はそれに応えた…だって、元主人に愛されていない結婚は意味がないでしょう?」
「愛…か」
「そう『愛』。
私は愛されて幸せな家庭を作りたかった…その相手にもう要らないと言われたら縋る事なんて出来なかった」
「俺との結婚は望んてないって君は何度も口にするけど、やっぱりご主人を忘れられないから?」
「元主人には未練なんて無い……だけど、結婚する勇気はもう無いっていうか…」
 彼は私との結婚を望んでいる?
 だからこんな話をしているの?
 彼も結婚はまだ考えられないと言っていたはずなのに。
 …それとも彼の方こそ、元奥様を忘れられないと言いたいの?
 不安が胸を埋め尽くす。
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