記憶がどうであれ

13話

「結婚は考えていないと言ってたのに、急にこんな話…どうして?」
 私との結婚を考え始めたという事なのか、ただの興味なのか…または、元奥様への気持ちが消えないからという別れの伏線なのか…
 しばらくの沈黙の後、彼が話しだす。
「……妻には結婚する前から好きな人が居た」
「え?」
「妻は美しい人で………俺は妻に憧れながらも何も言えずに、ただの男友達の中の一人だった。
大学が一緒だったんだ。
その時から一方的に好意を持っていた。
就職してしばらく経った頃、妻が会社の同期に素敵な人が居るんだと楽しそうに話していた。
ショックだったし嫉妬もした」
「でも、奥さんはその人のことを諦めたから貴方と結婚したのでしょ?」
 想い続けた人とせっかく結婚できたのに彼はどうして離婚してしまったの?
「素敵な人と言っていたその男が転勤したんだよ。 転勤する前に告白したけれど玉砕したと聞いた。
その男の居ない間に、寂しさに弱っていた妻との距離を縮めて結婚まで持ち込んだ」
「悪いことはしていないと思います。 奥さんだって救われたんじゃないですか?」
 そうでなければ結婚することはないと思うのだけれど。
「そう信じていた…妻の心を自分に向けることができたのだと…
だけど、その男がまた戻ってきたらしい。
…妻はその男への恋情を隠せなくなった」
「奥さんが浮気したってことですか?」
「浮気の決定的な証拠は無いんだ…だけど、妻は俺との生活を苦痛だと感じ始めて…
好きな男が居るのに俺と一緒に住んでいる現状を変えたいという理由で離婚を切り出された」
「それが離婚理由?」
「それが決定的な理由。 笑っちゃうだろう?
俺は結婚までしていたのに、妻の実ってもいない恋に負けたんだ」
 悲しそうに笑う彼。 とても笑えない。
「あの…その、性癖の事は…?」
「性癖?」
「ビデオとか、そういうの奥さんに強要したりは…」
 その事があったから、前に好きだった人に再度惹かれてしまったなんてことがあるかもしれない…
「してないよ。 だって、あれは嘘だから」
「え?」
 嘘? じゃあ、ハメ撮りをしたいということ自体が嘘?
 …そんな嘘を吐いてまでハメ撮りの雰囲気が必要と思う程、私との行為はつまらなかったの?
 じわりと涙が滲む。
 私はいつも満足させてもらっていた。
 だけど彼は違った?
「ハメ撮りをしたかったのは自分の欲望の為じゃなかった…」
「刺激が欲しかったんですね?」
「それも違う」
「じゃあ、何ですか!!!」
 声を荒げてしまう。

「君を傷つけたかった」
「え…?」
「あの男が愛した君を傷つけてあの男がどんな顔をするのか見たかったんだ」
「何を言っているのか…わかりません」

 私を傷つけたいって何故?
 本当はサディスティックな性癖とでも言うの?
 しかもハメ撮りして傷つける気だったなんて、拡散するつもりだったって事?
 冗談でしょ!?

 それにあの男?
 私を愛していた男?
 ……まさか、元主人?

 まるで泣きだしそうな顔でそう話す彼。
 彼の奥様は………まさか、元主人の横に立っていたあの同僚の彼女!?
 私の元主人が原因で離婚したから私に近づいたと言う事?
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