記憶がどうであれ

23話

 今の私は無表情。
 ただ元主人の顔を見て、話しなんて右から左。

 自分の甘い考え方の所為でこんな人生になったと後悔した。
 元主人へ復讐したいだなんて考えは全く無かった。
 離婚した時はもう二度と会わないと思っていたのだ、会って復讐しようだなんて思っても居なかった。
 だけど、彼女の長年の気持ちに無関心を貫き放置した元主人の事をとても無神経で酷い人に思えて…
 そんな彼女をずっと想い続けている彼が不憫で…
 そんな彼に心を奪われ振り回された私が悲しくなった。

 自分に自信があって、生活にも困って居ない。 記憶を無くしたと言っても仕事もできている。
 会社を立ち上げるような成功者とは言わないけれど、十分に人生の勝ち組の男。
 自分が捨てた女に興味がでれば、また手に入ると思っている自分勝手な男。
 私はどうしてこんな人と一緒に生きようと思えたのだろう。
 …そうだ
 …愛されていたからだ
 …彼からの愛が嬉しかった
 では何故、今は彼から好かれているのに応えたいとは思えないのか。
 それは知ってしまったからだ。
 愛なんて消える。一生続く愛なんて無いのだと。

「貴方は私とどんな付き合いがしたいと思っているんですか?」
 愛はすぐに消える。
 それでも容姿が好みの人との付き合いは長くできると書いている雑誌を読んだ事があった。
 顔が好みの人とそうでない人とでは同じことをされたり言われたとしても印象は大きく変わる。
 自分が我慢できるのは容姿が好みの人というのは納得できた。
 元主人の好みの容姿では無い私。
 その私に興味を持って好きとまで言うけれど、そんな気持ちすぐに消えてまた私を不必要だと判断するのだろう。
 それが解っているのに元主人と復縁するだなんて考えられないし、元主人に対して一緒に生活していきたいという気持ちは微塵も持てない。
 そう、私は主人のような人は苦手なタイプなのだ。
「そうだな…お互いにその日あったことを話したりできればいいな」
「話して私に何を言って欲しいんですか?」
「相談し合うことでお互いが向上していけると思う」
「それは人生相談て事ですよね? 付き合う必要があるとは思えませんし、私は貴方の為に何かしたいとは思いません。貴方の相談にのることもしたくないし、良いアドバイスができるとも思わないです」
「君は本当に俺への気持ちが無いのに結婚していたのか?」
 こんなにハッキリと元主人と関わりたくないと言ったから、そんな事を問うのだろうか。
「離婚してから一年以上経ちます。
その間、私が貴方に連絡を取った事がありますか?
私が居場所を伝えた事は?
ありませんよね。
私は離婚した時点で貴方とは一生会うつもりが無かったんです。結婚していた時の気持ちなんて今は関係ないんです。今現在、私が貴方と関わりたくないというだけの話です。
私は過去より今が大切だと思います」
 振り返ること無く私は駅の改札を抜けた。
 元主人は追っては来なかった。


 私は元主人の連絡先を消している。 でも、頭の中に番号は入っていた。
 それでも電話をしようとは思わなかった。
 元主人のスマホの中に私の連絡先は入っていないのだろうか。
 …残っていたとして、電話ではなく会いに来たのは元主人なりの誠意だったのかもしれない。
 でも、誠意は今見せられても心に何も訴えかけてはこない。
 記憶を無くしたあの時、「何も覚えていなけれど、これからも共に…」と言ってくれたなら私はきっと元主人を支えて生きて行く人生を選んだ。
 でも、もともと私の容姿を好ましく思っていない元主人は、心変わりする可能性が高かったのかもしれないし、性格が私と出会う前に戻っているのだから私が愛想をつかしたかもしれない。
 …いくら考えても、私と元主人がうまく夫婦生活を過ごせる可能性は低かったと思う。
 だから、元主人は私に構わずに他の人を選んで欲しい。
 私の幸せに元主人は必要無いのだ。
「私にとっての幸せってなんだろう」
 いつも堂々巡り。
 恋に逃げたくはない、でも一人では寂しい。 矛盾ばかり。
 何か没頭できる趣味を見つけようか。
 一人でも楽しめるもの。

 料理、フラワーアレンジメント、水泳…それを趣味に、と考えても私には不向きだと思う。
 ペットを飼う?
 …ペットのお世話をしたことが無いのに、そう簡単に飼うことには踏み切れない。
 カフェ巡りなんてどうだろう。
 ゆったりとした時間をカフェで過ごして、読みたいと思いながらも読んでいない小説を読んだり。
 たまには猫カフェに行ってみたり…
 飲み物だけでなく、美味しいスイーツやカフェ飯を探す。
 うん、楽しそう。
 平日が休日になる仕事の特権で、平日なら空いている時間帯があるはず。
 長居することをためらう時間帯は避けて、一人の時間をゆっくりと楽しむ。
 なんだか素敵だ。
 …そういう風にカフェで楽しんでいる女性を見かけた事はあるけど、自分がそれを出来るとは思っていなかった。だってお一人様の外食が苦手だったから。
 でも、今日ラーメン店のカウンターで黙々とラーメンをすすった。 別に特別なことでは無いと実感できた。
 カフェ巡りはきっとリラックスして楽しめると思う。

 平日の休日、家事を済ませた私は早速カフェ巡りをすることにした。
 事前にお一人様でも入りやすいお店を調べたので、今日はそこへ行ってみるつもり。
 日替わりパスタとコーヒーをセットで注文し、鞄の中から小説を取り出す。
 この本は、実家から持ってきた物。 表紙が少し色あせている。
 学生時代に読んだ本……あの当時の話題作。
 凄く好きだった。
 だけど、就職してからは本を読むということ自体が無かった。
 新しい本も欲しいと思ったけれど、まずはこの本を読み返そうと本棚から持ってきた。
 栞が後書きページに挟んである。
「懐かしい」
 当時、大好きで文房具を集めていた不思議の国のアリスの栞。
 あの頃付き合っていた彼氏がくれた物だ。
< 23 / 41 >

この作品をシェア

pagetop