記憶がどうであれ
出会い

8話

 あの頃の私には好きな人が居た。
 …勤め先の店長。
 店長と言っても凄く年上というわけではなく、私よりも十歳上。
 店長を好きだと言っても、入社した間もなくから店長に恋人が居ることを知っていたから叶わない恋だったけれど。


 ある日の朝、
「そういう服って今の流行りかな?」
 と、明るくて素敵だと思っていた店長に訊かれて、私は浮かれた。
 職場では店頭にも出ることがあるので、パートの人と同じ制服を着ているけれど、通勤時は私服。
 特におしゃれな方ではないけれど、流行り物を大手ファストファッションブランドでチェックし季節ごとに購入することを楽しみにしている私としては私服に興味を持たれて嬉しかった。
 だけど自分のセンスに自信は無い。
「はい。この色や形は流行りみたいです。 この丈とかも…多分」
 私は自信なさげに答えた。
 すると店長は、
「誕生日プレゼントを考えてるんだけど…自分で選んでみてって言われててさ」
とはにかんだ。
 なんだ、恋人へか…とその時恋人が居ることを知った。
 でも店長は、
「高校生なんだ」
 と笑ったから驚いた。
 店長の恋人は私より年下!?って。
「彼女の娘さん。 今年高校3年生。
年頃の女の子からみたら、俺みたいな男が母親に近づくのは嫌みたいなんだけど、なんとか気に入られたくて…」
 恋人の娘さん…?
「…」
「彼女俺の中学の頃の家庭教師でさ。実は初恋の相手なんだ。
偶然仕入先で働いててさ」
「ふっ不倫!?」
 思わず叫んで自分の口を押さえる。
 すると店長は笑って、
「違う。 出会った時には旦那さんと別れてた」
 と言った。
「そうなんですか」
「学生結婚して六年程で離婚したって。
今でも娘さんと父親は会ってるんだ…やっぱり俺が父親になるなんて嫌なんだと思う」
「…本当のお父さんとうまくやってるなら、無理に父親にならなくてもいいんじゃないですか? お母さんの大切な人って思って貰えれば」
「え?」

 実は私は両親と疎遠になっていた。
 その理由は母の浮気が原因。
 母の浮気を最初に気付いたのは娘の私。
 不自然な外出、変わった服装や化粧。
 そして…コソコソと話す電話。
 父が仕事人間で、家をかえりみなかった事が原因なのだろうと理解できるけれど。
 一人娘の私が非行に走るのではなく、母が男に走った事は思春期真っ只中の私には十分に衝撃だった。
 当時お付き合いしていた彼氏の家で時間を潰すことが多くなり、身体の関係になったのもその頃だった。
 この行為を母も知らない男としているのかと思うと吐き気を覚え、抱かれる事は苦痛でしかなかった。
 拙い私達では全てを忘れられるめくるめく行為とはいかなかった。
 私の逃げ場になってくれた彼とは就職を機に離れることになってしまったけれど、今ではそれは良かったのだと思う。
 好きで付き合っていたはずなのに、いつの間にか孤独感から逃げたくて彼と一緒にいたようなものだったから。

 父が母の浮気に気づいた時、家族がバラバラになるのだと思った。
 だけど、父は母を許した。
 自分も悪かったのだと…
 母は父の胸で泣いていた。
 …ひっそりとドアの隙間から覗いた私は安堵するよりも、大人は弱くて狡いと思ったものだ。
 浮気する母の弱さ。
 浮気を許す父の狡さ。
 きっと世間体を気にして離婚しないだけだと思い込んだ。
 だけど、父は本当に母の幸せを考えていた。
「その男と共に生きたいのなら離婚届にサインする」
 そう言ったから。
 母はただ首を横に振っていた。
 寂しさを埋めてくれる人ならきっと誰でも良かったのだろう。
 だけど、娘の私にはそんな母を許すことは出来なくて…
 結局就職を機に家を出てから年賀状での近況報告しかしない関係に。

「彼女さんにとって店長が大切な人だって娘さんがわかってくれたらいいですね」
 私はそれが出来なかった。
 母の幸せも、父の幸せも願えなかった…
 反対に両親も私の幸せを考えてくれたことがあったのだろうか。とさえ思う。

 店長の恋人が何故離婚したのかは知らない。
 だけど、店長を恋人に選んだことで娘さんが不幸になるのはおかしいと思う。
 きっとそんな事にはならないと確信しているから付き合い続けているのだと信じたい。
 その気持ちが娘さんに届けばいい。
 そして、娘さんも母親の幸せを願えれば…

「あ…うん」
「店長が悩んで娘さんの事を考えてくれる時間が大事だって彼女さんは思ってるのかもしれませんけど、出来れば娘さんを喜ばせたいですね?」
 だから頑張ってください。とガッツポーズを作る。
「…なんだか諭されるな、俺」
 と店長は笑っていた。
 そんなつもりは無かった。
 ただ、私は過去の自分の行動と、店長が自分に興味を持ってくれたと勘違いしたことが恥ずかしくて過剰に応援してしまっただけ。
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