薄羽蜉蝣
序章
 ちりん---。

 夜泣き蕎麦の風鈴が揺れる。
 蒸し暑い夜でも、川から上がってくる風は心地いい。

 男は前方から歩いてくる影を認めると、無造作に通りに出た。

 前方の男は小太りで、少し酔っているようだ。
 若干ふらつく足取りで近付いてくる。

 五間ほどに近付いて、やっと小太りの男が前に立つ男に気が付いた。

「何だぁ?」

 警戒したものの、前に立つ男は枯れ木のように細いし、まだ若そうだ。
 単なる飲み帰りなのだろう、と小太りの男はそのまま進んだ。

「鬼神の玄八(げんぱち)殿とお見受けする」

 間が三間になったとき、不意に男が口を開いた。
 途端に小太りの男が、ぱっと身構える。

 その様子は、単なる酔っ払いではない。
 顔つきも先ほどとは変わり、猛禽のような目で、枯れ木の男を睨みつけた。

「誰でぇ、お前」

 腰を落として誰何する玄八は、落ち着いている。
 修羅場を潜ってきた証であろう。

 一方枯れ木の男は何も言わず、すら、と腰の刀を抜いた。
 細い月明りを受けて、大乱れの刃紋が玄八の目を打った。
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