薄羽蜉蝣
第四章
 特に市中で事件が起こることもなく、無事に三日が過ぎた。
 長屋は日常を取り戻している。

 夕暮れになって、与之介は鶴橋に向かった。

「今の囚人は、なかなか素直な野郎どもなんだな。皆きちんと帰ったっていうじゃねぇか」

 出された酒を注ぎながら与之介が言うと、親父は、ああ、と小さく答えた。
 が、ちらりと入り口付近を確かめた後、さらに声を潜める。

「表向きはな。けど、厄介なのが一人、逃げやしたぜ」

「何だと?」

 そんな噂はなかった。
 公にできない囚人か。

「弥七よ」

「あいつか」

 がた、と猪口を置き、与之介が舌打ちする。
 三年がかりでやっと捕まえた獲物を、まんまと逃がすとは。

「まぁ今までとは追手が違う。面も割れたし、捕り方の皆が皆、顔を知ってるんだ。そうそう逃げらんめぇ」

「そうだな。でも妙だな? 奴は捕まったときから、すっかり観念して大人しかったらしいのに」

「ですね。尋問にも素直に応じてたっつーし。まぁ虎視眈々と逃げる機会を窺ってたのかもしれねぇが」

 親父が言い、手を伸ばして与之介に酒を注ぐ。

「わしらが見つけた暁にゃ、新宮様にお願いしやすよ」

 冷たく静かな声を、与之介は酒と共に喉に流し込んだ。
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