くまさんとうさぎさんの秘密

舞台裏の出来事

ひとみは、母子家庭だから、親父が店やってた頃には、メインはランチタイムで、夜は本人がやれるという程度にしか入ってなかったらしい。
学校から帰ると、俺に賄い出して帰宅するのが、ひとみの日課の1つだった。それに、週に1回のペースで、ピアノも教えてくれた。
ひとみのことは、始めは、同じくらいの年齢だと思い込んでた。
反則でしょ。
どこに仕事探しに行っても、年齢詐称を疑われたらしくて、ややこしいから、元夫の友達だった親父の店で働きだしたそうだ。
彼女は、とても気が利いた。身のこなしも良かった。
俺、頭の良い女に元々弱かったから、すぐに入れ込んでしまった。でも、それでも、出会った当時はピュアな高校生だったし、手を出そうなんて思ったことなかった。
話が変わったのは、大学4年の頃からだ。
その頃は普通に就職活動していた。実際、1度は大手にホテリアーとして就職している。
就職活動に行き詰まり感じてた頃、初めて、夜に親父に店に呼ばれた。
もう二十歳も過ぎてたし、安っぽい居酒屋に付き合うこともある。でも、多分、親父の店は、学生にはちょっと敷居高めだったと思う。だから、夜に入ったのははじめてだった。
夜の店でひとみがピアノ弾いてるのを見るのも初めてだった。
親父は、その日は、カウンター席に俺を座らせて、自分も隣に座った。
「こっち座ったの初めてだけど、良いのかよ。。」
「引退したいの意思表明だよ。俺には年齢的に合わなくなってるんだよ。この店。お前さ、この店やれよ。」
「俺、就職するよ。無理なこと言わないでよ。」
「つまんないこと言うなよ。お前さ、あれほしくないの??」親父は、ひとみが弾いてるピアノを指差した。
俺は、言葉に詰まった。
親父がなに言いたかったかは分からないが、親父の指差した先には、俺が喉から手が出るほどほしいと思ってるもんがあった。どうしようもなく、親父の言ったことが、心にひっかかり続けることになった。
でも、その時は、断って、必死に就職活動頑張った。
ホテリアーやったことは、結果的には、ものすごく良く転んだと思う。研修全部終えて、しばらく働いて、ようやく使い物になるようになったところでやめてしまったから、就職先には本当に申し訳なかったけど、親父の手の平から1回抜け出してみて、自分というものが、客観視できるようになった。
親父が店畳むと言い出したときに、俺は腹をくくった。
親父はめちゃめちゃ喜んだ。「お前がやった方がいいよ。お前、いい色気がある御年頃だろ。元々、お前にやらせたくて、人も物も揃えてあるんだよ。」
「俺は親父とは違うよ。親父が思ってるようなことにはならないかもよ。」
「好きにしろよ。若くて強欲で、色気がある男が似合う店だよ。こんなしょぼいおっさんの真似しろなんて言ってないよ。」
「買いかぶりすぎ。」
「でも、軽くのせられもしなかったし、ちゃんと勝算あるから引き受けたんだろ?」
「この店の人は、みんな俺にとって家族だよ。帰るとこなくなるって言われちゃ、がんばるしかないでしょ。」
親父は笑った。
「いっちょまえぶるのな。」
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