くまさんとうさぎさんの秘密
学校は、びっくりするくらい普通の1日だった。

窓際の席がポカポカと暖かくて、眠りそうになってしまった。どうしようもなく眠かったけど、ノートをとりながら頭の中で先生の言葉を反復してた。
どうしても、どうしても進学したい。
奨学金とるには、それなりの成績が必要だ。

くまさんは、、くまさんは実は斜め前の席に座っていた。くまさんの本名は、熊谷 義明。とても体が大きいので、本当に存在感がある。彼は、186センチで、ちょっとがっちりしてるから、太ってはいないが、後ろから見ると背中が広い。
よく、みんなに、「くま、見えない」とからかわれているが、温厚な性格で、男女とも友達は多い。
彼女はいないけど、友達の彼女にも警戒されてない。
実は、ちょっと良いなあなんて眺めていることはあったけど、親しみやすさから、誰かとそんな話になったことはなかった。けど、改めて今朝の風呂上がりの姿とか、ものすごい良い男なんじゃないかと認識が改まった。
お母さんがカナダ人のハーフで、ものすごい美魔女だということも、初めて知った。カナダ人の血を引いてるから、だから、あんなに背が高いのかな?
でも、美魔女はむしろ、スラッと細くて、華奢で小柄な感じだった。女の私が荷物もってあげたくなるような。
ボーッとどうでも良いことを考えていると、くまさんがすれ違いざまに私の袖を引っ張った。
周りは気がつかないくらいだったと思う。私も、くまさん気にしてなければ、ちょっとひっかかったくらいにしか思わなかったかも。
くまさんが私に目配せしたので、私はくまさんの少し後をぴょこぴょことついていった。
周りは多分、私がくまさんを追って教室を出たとは気がつかなかったかも。

教室を出るときに、くまさんの幼なじみの宮迫あゆみとだけ、ちらっと目があった。
くまさんの友達の、肥後橋洋治の彼女だ。

くまさんは、校舎を出て、体育館裏の小さな道場に入っていった。くまさんは、入り口に座って、
「宇佐美も座れよ」と、言った。
「最近、柔道部なくなって、昼休みは誰もいないんだよ。ここ。」
「俺、放課後とか時間ないし、でも、それなりに申し合わせとかないとややこしいでしょ」
「いろいろごめんね。話すと長いよ。」
「なるべく結論から頼むよ」
「結論で行くと、昨日、くまさんが投げ飛ばしたのは、私の婚約者なのよ。」
「婚約者か。かなりややこしいな。俺、あいつ投げ飛ばして良かったわけ??」
「助かったよ。あの時点では。でも、、あの人の母親からも、私の母親からも電話が散々かかってきてて、何て説明していいのか分からないの。あの人、私の保護者もうまく丸め込んじゃってるから。私、家庭の事情で一人暮らししてて、家にまで押し掛けてきて、重かったんだ。ずっと。。」
「お前、お前の方が大人なことなってんじゃん。婚約者とかどんな家だよ。」
「別に、何もないよ。ずっと逃げ続けてるし、本当に何にもないんだよ。あの人の、仕事のことで出会って、私より先に親を口説き落としちゃったってこと。賢いんだよ。周りから固められちゃって。でも、、どうしても許せないことがあったんだ。」
「仕事なぁ。。」
「そう言えば、くまさんも、商談って言ってたよね。」
「そうだね。親父が残した会社のね。」
「何なわけ??昨日高校生には見えなかったよ。」
「会社自体は、カナダで働いてた人達に売ったんだ。ひとみがいくらか株を持ってるから、俺たちは、創業一家で今は一株主ってことかな。
普段から働いてる訳じゃないんだ。でも、一番コアなソフトの中身自体は、俺が一番よく知ってるから、昨日は新規のお客様のお話を聞いてたわけ。直接俺が聞いたら、どこ書き換えたら新規のお客様の環境に対応するか、できることとできないことがその場で分かるし、日本にいたからちょうど良かったわけ。後は、カナダで働いてる人に伝えたら、一旦はおしまい。納入までには、誰か人を雇ってもらおうと思ってる。定期的に仕事が受注できそうだから。」
「ごめん。。何言ってるか分からないわ。」
「まあ、俺のことはいいよ。」
「分かった。。」
「私はさ、親がめちゃくちゃ子沢山で、中学校入るときに、寮に入ったんだ。親は、1人手が離れてほっとしたみたい。でも、私はすっごく寂しくて。」
「ああ、宇佐美って、何かすごいお嬢様学校からうちに来たって聞いた。」
「そんなんじゃないよ。あそこは、中途半端の集まり。みんな、お金なんかないんだよ。ありそうでないの。中途半端な金持ちほどケチな人間の集まりな感じよ。」
多分、私、すっごい嫌な顔してたんだと思う。
「お前、きっついな」
「あの学校に行くとキツくなるのよ。」
「いらないこと言わない奴かと思ってた。」
(あらら、イメージ壊しちゃったかな?)とは思ったけど、何か聞いてほしかった。
「高校は、どうしても家に帰りたくなって、家の近所の公立の学校受けなおしたの。」
「ああ、それで、此処なんだ。」
「そしたらさ、母親が、「おめでとう。良いとこ入ったね。すごいよ。うちの近所に下宿したら良いじゃん。」って。うち、けして狭い方ではないんだけど、普通の家で、私が家出たときは3才だった弟に個室が必要だったらしいのね。私、6人兄弟の長女なんだけど、結婚したわけでもないのに娘が家に帰ってくる発想はないわけ。。」
「信頼されてんだな。」
「見る目ないし、しっかりもしてないけどね。今回のことも、親に何て説明すれば良いのか分からない。」
「ま、よく、整理して、ずっと話さない訳にもいかないだろ。」
「あいつがさ、婚約者のあいつが。すっごい口がうまいの。昨日の話がどんなことになってるか分からなくて怖い。」
「あいつあいつって、婚約者嫌いなの?許せないことって言ってたけど。」
「うん。絶対に私にとって許せないこと。他の人なら許しちゃうかもしれないけど。私はだめ。むり。そういうの、わがままかな?あいつがしたこと言葉にすると、何か、すごい大事にされてる自慢みたいに聞こえるみたいなの。でも、私にとっては、許せないことなんだ。」
「昨日見たけど、何か、やらしいわけ?あの男?」
「、、、、。」
くまさんに、どう説明したら良いんだろう。
「そこは。。婚約者だから、我慢しなきゃって、始めは思ってた。」
くまさんは、赤くなった。ちょっと、かわいいなと、思った。
「我慢とか違うなって思ったのも最近なんだけど、ちゃんと断り続けてたし、何もないよ。でも、それよりもっと許せないことがあったの。」
「それよりって、それより大事なことないだろ」
くまさんの耳が、本当に真っ赤になった。
くまさんは、よく見ると横顔が綺麗だ。

不意に、昨日の背負い投げの記憶がよみがえった。
あいつ、豆鉄砲喰らったみたいにぼっとしてた。







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