くまさんとうさぎさんの秘密

男の子

by熊谷 義明

さっさと学校に行こうと思っていたが、洋治に会ってから戻ることにした。
洋治は、今年は浪人している。
どうしても、地元の国公立に行きたかったらしい。つまり、俺が在学してるとこ。
俺も、一緒にサークルやりたいと思ってたのに、何も言えないままになってしまった。
来年は、地方の大学も後期で受けることを決めている。つまり、第一志望に合格できなかったら、
遠くに引っ越すことになってしまう。
「地元の大学がもうちょいレベル低ければ良かったんだよ。女子はいいよな。」と、洋治は言った。
あゆみは、すでに女子大生で、宇佐美と同じ大学に入学している。
家政学部で、栄養士の資格を取るらしい。あゆみの家は、商店街の食堂だ。

洋治は、完全におかしかった。一緒にモーニング食べたけど、貧乏ゆすりしていた。。ちびの頃から、腰が座っているというか、こういう姿を見たのは初めてかもしれなかった。
「予備校どう?」と、俺は聞いた。
「何か、ヤバい奴が多い。」と、洋治は言った。
「お前こそ、大学どうだよ。俺、何か聞いたぞ。お前、授業出ないで女に会ってるって。」
「そういや、しばらく出てなかったな。。お前さ、なんだよそれ。どこで何聞いてきたんだよ。」
「塾の同窓会で、人間科学部の連中から聞いたよ。何か若い女の先生のとこ入り浸ってるって。」
「まあ、そういう解釈もできなくないけど、中野先生に女女って失礼な感じだと思うな。研究熱心で、面白くて、本当に良い先生だよ。個性的だから苦手な奴も多いだろうし、そういう奴からしたら、先生のかっこうとか服装とかが先に気になるのは分かるけど。」
「ごちゃごちゃ言ってるけど大学デビューだよコイツ。高校じゃ、授業休んだことなんかなかっただろ。」
「ちゃんと意義深い時間だったよ。実際問題、ガイダンスで、ほとんどの授業でさ、「出席点ありません」とか、「試験の点数のみで評価します」とか、しまいに、「来たくない人はテストだけ来いとか。」
「ああ、やる気削がれんな。何それ」
「今日は出るよ。。それにさ、、春休みのうちにめぼしい授業の先生の書いてる本やら、出身講座の人達が書いてる本やら著作やら読み漁ったんどけど、そっちの方が面白かった。学部の授業は内容決まってて、高校の延長みたいな話。だから、優先順位高い用事は優先することにした。俺は、勤労学生だし、サークル活動も学業の一貫だし、実際、心理学の先生がサークルの年商がいくら越えたら単位やるって。サークル活動で単位くれるらしい。」
「よく分かんないけど、大学生活満喫だな。」
洋治は、ため息をついた。
「時々考えるんだよ。俺、みんなとおんなじようにしたかっただけだろ。だけど、何か一人だけになってる。あゆみと離れてんのが特に辛い。義明は、やりたいようにやってるけど、周りにいつも人がいるよな。」
「予備校だって、人が集まる場所だろ。宇佐美が予備校行きたかったって話してた。あいつの前で、今の話すんなよ。あいつは、家の事情もあって、妥協して女子大生やってるらしいから。。」
「予備校なんて、ろくなとこじゃないよ。一番嫌なのがさ、タバコ吸ってる奴らと並べられるんだよ。何年も居座ってる奴。何かさ、臭いがキツいんだ。こんなとこ冗談じゃないって、奮起するか、腹の力抜けていくか。。俺、この手のストレス本当にダメなんだって、来ちゃってから気がついたわ。」
「確かに、、現役組は敵みたいにイライラしてる奴もいるけど、洋治は、そんな感じじゃないよな。人は人というか、人のせいにしないというか、。洋治の優しさが何か、上手いテンションになってないというか。。」
「俺はさ、優しくなんかないよ。やりたいことは単純で、そのためのノルマ見せられると、気が遠くなる。うちの母ちゃんがさ、昔さ、お前の母ちゃんいじめてたろ?」
「そうなの?」
「そうそう。俺もあゆみも、時々、お前は誘うなって言われたの。先生は、必ず誘えって言うんだけど。」
「さっぱり知らなかったし、俺は気にしないけど。」
「俺が最近びびったのはさ、うちの母ちゃん何も覚えてないんだよ。」

ちょっと思い出してきた。確かに、ひとみがいつもひとりになって、「あいつ要らんこと言う」を、連呼されてた時があった。
ひとみは、何も言わなかった。青白い顔をしていただけだが、俺が最終道場をやめたことと関係ある。。ひとみは、発言は何も許されなかった。そもそも、ひとみが俺に注意してることが、周りからしたらうっとうしかったんだと思う。
水分とれとか、換気しろとか。あと、人に食べ物をもらっても、すぐに口にするなということも言われた。これは、俺にはアレルギーあって食べれないものがあったから、仕方がなかった。
ひとみは、アレルギーについて、親しくなるまで口外させなかった。「気持ちは信じて良いが、口にいれるものは自分で選べ」ということは、よく言われた。「毒は人によって違う」とも言われた。「ありがとうを言って、口にいれずにポケットに保管」というのがうちのルールだった。つまり、気持ちだけいただいて、口にいれる前にアレルギーチェックせよということ。

「もし、後で毒に気がついたとき、義明が「まだ食べてないよ」って言ったら、相手はほっとすると思うよ。」と、ひとみは更に言った。

ひとみはうるさかったけど、実際、他の奴が脱水で参ってるときにも体調崩さずにやれたし、アレルギーがあっても体は健康で、恵まれてた。休まず稽古に出ることが上達の秘訣なのは間違いなかった。怪我もあったが、いつも一番いい治療を受けさせてもらっていたと思う。親父は、医者の友人に対して「完治までのベストエフォート」という言葉を使った。

洋治の話は、えらく飛んだように思えた。
「俺がさ、「義明の母ちゃんにあそこまでする必要あったのか?」って聞いたらさ、「あゆみちゃんと付き合えて、あんたにとっても良かったでしょ」って言うんだよ。お前があゆみに失礼な態度とるのが気に入らなかったってことらしい。俺が卑怯者みたいじゃん」
「田舎の人は、家の都合があるからな。。心配すんなよ。俺も俺の家の都合あるし、俺は俺で好きな奴いるし、今、お前、友達でいてくれてるじゃん。」
「最近さ、その家の都合ってのが重いんだよ。あゆみのことは好きだし、結婚したいとは思うよ。でもさ、地元の国立だって、俺自身の本音は諦めてんだよ。来年も。。結局、母ちゃんが諦めきれないわけ。地元にいる方法他にもないか考えてしまうわ。俺、もっと単純だもん。」
俺は、返事できなかった。洋治の母ちゃんもだけど、、あゆみがどう思うのか?!と、ふと考えてしまったからだ。女は以外とドライなんてことが無いとも限らない。。。最後は洋治が決めるしかない。誰が賛成しようが反対しようが。。

店を出たあと、洋治が、飴をくれた。
「予備校で流行ってんだよ。眠気が飛ぶらしい。カフェインでもはいってんのかも。」
「ちっさい頃からいつも飴ちゃんくれるよな。サンキュ」俺は、笑った。そして、ポケットに入れた。
「ちっさい頃は、母ちゃんが配っとけって。食べ物だけは、みんなで分けろって。」
「俺もひとみにいつも言われてた。金は貸すな、食べ物は分けろって。」
洋治も笑った。
「俺が地方の大学行ったら、あゆみに変な虫つかないか、見張っててくれよ」
「知らないし。受かれよ」
ちょっとキツいこと言ってしまったが、洋治は笑ってたので、まあいい。洋治とは、そこで別れた。





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