くまさんとうさぎさんの秘密

男社会

by 熊谷義明

ひとみに電話、ひとみひとみ、、と思って電話したら、
宇佐美が出た。
「ひとみさん、携帯リビングに置きっぱなしで、自分の部屋にいるけど、呼んでこようか?」と、宇佐美は言った。ちょっと待てよ、と、俺は思いとどまった。

彼女は妊婦だ。それに、洋治のことは、相談先を間違えたら、大変なことになる。

「いいよ。元気にしてるなら。」と、俺は言った。
「今朝会ったばかりじゃん。連休とかさみしがってたよ。普段は何の連絡もないくせに」と、宇佐美は笑った。何か、ちょっと頭の整理がついた気がした。


まず、トイレを出て、自動販売機で買ったスポーツ飲料を飲んだ。

吐き気は、少し収まった。吐き気なんか、何年ぶりだろう。。

あの時、最後の発作の時、柔道はしばらく休みに入るところだったが、
発作の後、すっかり調子を崩し、一週間くらい何もできなかった。
前々から、親父が死んで、ピアノやら柔術やら続けてく生活に無理があるとは思っていた。道場にいると、ふっと振り替えって、親父がいないことに胸が苦しくなることがあった。
試合の時に、「親父と、電車で来たことあったよな」と、話すと、ひとみの顔色が悪くなった。ひとみは、その頃には、泣きもしなかった。ストレスがかかると、顔色が悪くなった。
それから、長期休みにひとみの実家に帰った。
だから、柔道もやめてしまった。後悔もなかった。全く。
誰も悪くない。誰も悪くないが、自分も死にかけて、気が変わった。「殺されるかと思った」恐怖が残った。
親父だって、まだまだ死ぬまでにやりたかったことが有ったかもしれない。
俺だって、いつ死ぬかなんて分からないんだ。

洋治のことをうまくおさめてくれる人。。大人で、でも、俺達のたちばで考えてくれて。。ひとまず、八代さんに電話したが、つながらなかった。

今朝の様子から、洋治が知ってて俺を騙したとは思えない。でも、洋治自身は気がつかずに口にしている可能性が高い。
予備校で流行ってると話していた。分かってる奴と、分かってない奴が混在してるのかもしれない。洋治が被害者だということが明確にできるように、助けを求めなきゃならない。
今、洋治に電話で事実を伝えることが正しいことかどうかも分からなかった。

ひとまず、気を取り直して、授業を受けた。
ガイダンスで一緒になった女の子が、声をかけてきた。
「顔色悪いよ」
「ちょっと体調悪いんだ。辛くなったら帰るよ」
「ずっと休んでたもんね。。」
ひとまず、自分のことはきちんとしなければならない。自分がしっかりしなければ、結局自分と仲良くしてくれる人に迷惑がかかる。

八代さんのコールバックを待つことにして、ひとまず授業に集中することにした。

最近は、ドラッグもだけど、粗悪な3次元も問題になってた。いわゆる中毒症状というやつ。
危険ドラッグなんて、親父が若い頃の話と思っていたが、まだ残ってるとは知らなかった。
タバコは、アロマが工夫されたため、ニコチンやタールが入っているものはなくなったと言える。おじいちゃんが吸うものという印象はあった。俺の高校に吸ってる奴はいなかったけど、大学はそこらじゅうに吸ってる人がいる。洋治も、真面目なもんだから、ここまで何のご縁もなく、とんでもないもんに引っ掛かった。
別に、予備校云々という問題じゃない。社会に出たということだ。
まだ親父が生きていた頃、洋治の父親と、俺の親父は気があった。二人とも、真面目で、いわゆる親父だった。俺、洋治の父ちゃんも好きだったな。

ふと、洋治の実家に連絡することを思い立った。
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