くまさんとうさぎさんの秘密

黄泉の国のこちらがわ

by 宇佐美 優那

ひとみさんは、本当にお嬢様だ。
彼女の父方のおばあ様は、ペルシャ、イラン出身の旧家の末娘で、大そう気が強く、「実家では、サラバント(召し使い)にやらせていた」というのが口癖だったそうだ。つまり、家事はやりたくないということだ。
このおばあ様とおじい様が結婚したときに、イスラム教に改宗することが条件だったため、ご実家自体は、実質無宗教だったそうだ。

ひとみさんは、アラビアンナイトも大好きだったし、日本の昔話も大好きだった。
「賢い女性や、賢い召し使いが活躍するお話は特に好き」と、ひとみさんは言った。

アリババと40人の盗賊には、モルジアナという召し使いが出てくる。モルジアナは、何度もアリババを危機から助け、家に繁栄をもたらし、最後はアリババの息子と結婚する。

オオクニヌシのお話でも、スセリヒメという外国の女神が、オオクニヌシを何度も危機から救い、オオクニヌシに嫁いで繁栄をもたらす。

一方で、つるの恩返しや、天女の羽衣など、聡い女の言いつけを守らなかったがために、一夜にして今まで手に入れた幸せを失った男の話なんてものもある。

いずれにしても、身分の低いものや女性が豊かさの源であり、おろそかにはできない教訓でもあるから、ひとみさんもまた、おばあさんの真似をして、何度も何度もくまさんにお話ししたそうだ。

小さな頃、くまさんが好きだった物語は、金太郎。力自慢のお話だが、桃太郎や一寸法師とちがって、相撲に勝つ度に仲間を増やして行く。金太郎は熊との勝負に勝って、熊を家来にするが、「熊」の語源は、日本語の「神」に近いらしい。日本語の「神」は、一神教のキリスト教と違って多神教の神だから、GODよりもFairiesに近い。

つまり、金太郎は、森に住む、人間でないものを家来にしたというわけ。
日本は、北欧のように、妖精がたくさん住む国なのかもしれない。悪いものを封印しているようなものもあれば、良いものを祭っていたりもする。

私も、ひとみさんのように、童話や神話が好きだ。

そもそも、小説を書き始めたのも、小学生時代に童話コンクールで入選したことがきっかけだった。

この時の審査員の年配のドイツ文学者の先生が、実は、子ども向けのオオクニヌシの絵本を編纂し、ひとみさんが大おばあ様に聞かされた形に近い解説を加えて出版さしている。
だから、たまたま、私は、ひとみさんの話に興味があった。

このご年配の文学者の先生は、別にドイツに限らず、ヨーロッパ各地の童話、日本や世界の神話について深く比較研究された方だった。
戦争当時は、海外の文学でも禁止されたものも多かったし、軍部の台頭で、日本神話を比較研究対象として自由に語ることもはばかられた。だから当時の研究者は、表向き友好国のドイツ文学を語った。発表することははばかられたけれども、本当は、陰で好きなことを勉強していたようだ。
大学になって、改めて文学の授業を受けて、自分が大好きだった昔話の絵本は、この人の編纂したものが多いことに気がついた。

「熊谷と一緒にいると、自分が物語の主人公になれたような気がした」と、ひとみさんは言った。
実際に、熊谷さんが3次元超音波動画の機器を初めに納入した病院の経営者を紹介したのは、ひとみさんだ。緊急性が低く、高級志向の産婦人科病棟で、初めの機械は、多くの妊婦さんに、贅沢品として紹介された。

「そういえば、宇佐ちゃん、何か、お話書いてるって、言ってなかったっけ。」
「連載は、終わらせたんです。自分でも、納得いかないものだったんで、おわらせるのが先になっちゃった。。今、書いてるものがあるんだけど、それは、どうするかまだ考えてないです。」
「すごいね。音楽に文学に、いろいろ頑張ってるじゃん。」
「でも、やっぱり、1番やりたいことは、保育園の先生かな。お話作りも、音楽も、そのための手段の1つなんです。いろんな童話があって、いろんな家庭がある。気がつかずに誰かを傷つけるのは嫌だから、たくさんのことを勉強したいんです。保育園のライブだって、MCから歌の内容まで、松野さんに一緒に考えてもらって、すごく良かったです。松野さん、場所によって使い分けてるんですよね。ホント、賢い人だと思う。」

「なるほどね。逆に言えば、松野さんも、一歩踏み込むと、合う合わないある人なのね。」
と、ひとみさんは言った。

だんだん、私の心も決まってきた。




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