悔しい想い
スタミナ丼は、ダメ!
……そうだっ。
「オッ……」
「お?」
「オッ、ムライスが……いい」
勢いをつけた初めの一文字以降、尻切れとんぼになった言葉は、つい今しがた乙女になってしまった私の羞恥のせいだ。
まさか、私が……大沢に……。
赤く染まっているだろう顔を見られたくなくて俯いたというのに、大沢という男はデリカシーに欠けるのかもしれない。
「オムライスか。俺はいいけど、……ホント、大丈夫か? やっぱ、体調悪そうだな」
なんて、誰も乗っていない狭い箱の中で、容赦なく私の顔を覗きこんでくるものだから、体が固まり動けない。
そんな私を大沢は、微笑み見つめてくる。
距離が近い……。
壁にへばりつくようにして立っている私の目の前に、大沢が少しばかり屈むようにして顔を見つめてくる。いつもは大して気にも留めたことのないエレベーターの降下スピードが、今はやけに長く感じる。
大沢と小さな箱で二人きりになっていることも、近すぎるお互いの距離のことも、呼吸が感じられるほど静かな空間も。今の私には、とても耐えがたい状況だった。
このままでは、私の心臓が持たない……。
はやく……、はやく着いてよっ……。
別の生き物のように心臓は高鳴り、今まで気にしたこともなかった大沢の匂いにさえ敏感になっていた。ほんのり甘いような、それでいてキリッとした香り。
大沢って、こんな香り、つけてたっけ……?
無駄に煩い心臓は、距離を縮めてくる大沢の顔に、益々おかしくなっていった。このままでは、私の心臓は散々騒いだ挙句に、ピタリと止まってしまうんじゃないだろうか。
それほどまでに、今の私は大沢に対してみごとに心臓を撃ち抜かれていた。
軽い鈴の音のような短い音を立てて、エレベーターがやっと一階にたどり着いた。私の目をのぞき込んでいた大沢の目が離れていく。
ほっとしたような……、名残惜しいような。
壁にもたれたまま、そんな余韻に浸っていると、大沢が再び私の手を取った。軽く手を引かれ、エントランスへ足を踏み出した瞬間聞こえてきた言葉に、私は思い出したように、悔しさに震えだす。
あの白い歯を見せた大沢が、後ろの私を振り返り言った。
「市原、可愛すぎだろ」
テキーラのような高アルコールでも一気飲みしたように、カーッ!! と血液が一瞬で顔に集まった。
悔しい……。悔しすぎる……。
大沢に、心まで持っていかれた……。
繋がる手を解くこともせず、私は従順なペットのまま大沢のあとをチョコチョコとついて行く。
嬉しさに緩む頬を、どうにもできないまま――――。


