月下美人ー或る男女の出会いー
【康太】
横浜の自宅から鎌倉のカフェへ、バイクを走らせる。
既に太陽は山の稜線に隠れ、夕闇が迫っている。
東の空には、青白い、真ん丸な月が昇っていた。

カフェは、バイク好きなオーナーが、バイク仲間が集まれるようにと作った場所だ。
康太も友人に誘われて、通うようになった。

ドアに付いたチャイムが、来客を知らせる。
店内には既に数人のライダーが集まっていた、狭小店舗においては繁盛しているように見える。

「康ちゃーん! いらっしゃい!」
オーナーが破顔して出迎える。
「お、今日はがっつり走る恰好で来てるな」
先客だった中富が言う。

「馴らしが終わったからさ。折角だからちょっと遠出しようかなと思って」
康太は嬉しそうに答えた。

「へえ? 逆車のCBR600Fね。どうよ、乗り心地?」

中富は煙草に火をつけながら言った。

「うん、やっぱ俺にはちょうどいい大きさですよ、この間、加藤さんの1300乗らせてもらったけど、あれより取り回しは楽だし、でもスピードは出るし。音もいいな、あ、でももうちょっとしたらマフラーは変えたいけど」
「そうだな、相談乗るぜ」
「ありがとうっ」
「こんな時間から走りに行くの? どうせなら休日の朝からさ、みんなで行こうよ」

オーナーの提案に、康太は「そうだなー」とまんざらでもなく答えた。

「でも、今日は月が綺麗だからな」

中富の言葉に、康太は海の向こうに浮かぶ月を見た。
雲一つない夜空に、月は煌々と光っていた。
海に落ちたその光は、まばゆいほどにキラキラと揺れている。

「今日はスーパームーンだって」
オーナーが嬉しそうに言う。

「スーパームーン?」
「月が大きく見えるんだと、それだけ」

中富の冷めた意見に、オーナーは頬を膨らませた。

「ナカさん、風情が無い」
「ほっとけ、まあ綺麗は綺麗だ、俺も今日は遠回りで帰ろう。康ちゃんも事故だけは起こさないように」
「はは、納車したてのバイク、壊したくないですよ」
「だな」

二人はコーヒーカップを傾けた。

オーナーはビールを一口飲む。
アルコールも置いてはあるが、当然運転手は頼まないし、店も提供しない。
近所の方が来ることもある為置いてあるのだ。

「……月か」

康太は小さく呟いた。


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