銀狼と緋色のかなた
そして迎えた望月の夜。

雲間から銀色の満月が顔を出したとき、はるかがゆっくりと人形になっていくのを、驚きの表情でヒロトは見つめることになった。

目の前にいたのは華奢で今にも壊れそうな美しい女性。

緋色の瞳は悲しみを滲ませながらも、凛とした表情を保っている。

「ヒロト、伝えたいことがあるの」

「,,,!あ、ああ。」

人狼になった狼は、満月の夜だけ人形をとることができると話には聞いていた。

しかし実際に目撃してしまうと言葉を失ってしまう。

はるかの声は、鈴を転がすような美しい声だった。

そして、ヒロトははるかに一目で恋をしてしまった。

「東の村に,,,」

「東の村に?」

「私の一つ年下の従妹がいるわ」

ヒロトは一瞬ではるかの言いたいことを理解した。

一つ下なら、ヒロトと同じ年。今頃、ヒロトと同じように運命の伴侶を探しているだろう。

はるかは、その従妹とヒロトが結ばれるように援助がしたいと言ってきた。

「,,,それで君はいいのかい?」

ヒロトは目の前のはるかの頬にそっと右手をあてた。はるかの頬を綺麗な涙が濡らしていた。

「ヒロトには幸せになってほしい。もちろん従妹のかなたにも」

ヒロトははるかをそっと抱き寄せた。声も出さずにはるかは泣いている。

"この愛しい存在を無視して、自分だけが人間として生きる道を選んでもいいのか,,,。"

"三人とも幸せになる道はないのか?"

何よりも、はるかの従妹である"かなた"が運命の相手に出会えていないという保証はない。

"いっそこのままはるかと二人で,,,"

ヒロトがそう思っている傍らで、

はるかはその後も、緋色眼の人狼の村のこと、両親のこと、従妹のかなたのことを語って聞かせた。

そんなはるかに、ヒロトは断りを入れることができなかった。

"そうだ,,,。今だけは人形を保っているはるかとの一時を満喫しよう。これからのことは緋色眼の人狼の村に行ってから考えよう"

喋り疲れて傍らで眠るはるかの頭を膝にのせて頭を撫でながら、ヒロトははるかへの思いを一時的に封印したのだった。
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