クールな次期社長と愛されオフィス
「さっきは、急にフィアンセだなんて紹介して悪かった」

部長が夜景に目を向けたまま急に言い始めた。

「でも、あの時はそういう設定の方が話がスムーズに行くと思ってね。頃合いを見つけて俺からちゃんと社長には本当のことを伝えておくよ。しばらくは社長にはフィアンセで通しておいた方が紅茶の情報も入りやすいだろうと思うから俺の嘘に付き合っておけ」

「そうだったんですね。びっくりしました」

そうだよね。

フィアンセのままずっと嘘を通し続けられるわけがないし。

商談をスムーズにいかせるための部長の戦略の一つ。ただそれだけ。

でも宇都宮財閥の一族のフィアンセだなんて、それは夢みたいな戦略。

一生に一度くらいはそんな夢を見させてもらっても罰は当たらないよね。

「堂島のように、夢を持って前に進んでいる人間は好きだ。俺に出来ることならいつでも力になってやるから」

部長はそう言うと、私の肩をポンポンと優しく叩いた。

大きな繊細な手の平。

副業禁止の会社で、まさかそんな風に私を応援してくれるなんて。

でも、正直嬉しかった。

「あまり遅くならないうちに帰ろうか。家まで送るよ」

「部長に家まで送って頂くなんて、そんな・・・・・・」

私は首を横に振った。

「じゃ、ここに置いて帰ろうか?」

部長の目元が愉快そうに緩む。

こんなに笑った部長を見るのも、こんなにふざけた話をするのも初めてだった。

家に向かう道中、車に心地よく揺られながら思っていた。

いつも部長には振り回されっ放しだけれど、一緒にいると新しい刺激をたくさんもらってる。

その刺激によって私の中で新鮮なエネルギーが満ち溢れてきてどんどん前に進んでいきたくなるんだよね。

部長と一緒にいたら、わくわくする。

まるで童心に返ったみたいに。

部長は紳士的に私の家まで送り届けてくれ帰って行った。

部長って、思ってたよりもいい人かもしれない。

ううん、想像を飛び越えてすごい人のような気がしていた。


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