理系教授の秘密は甘々のはじまり
古本屋を去った後、波実は自宅近くのスイーツ店でケーキとお気に入りのストロベリースムージーを購入した。

ネットで在庫あり、と表示されていた古本屋にもさっき足を運んだが、同じコミックは売っていなかった。すれ違いで誰かが購入したらしい。楽しみにしていたのでとても残念だが仕方ない。

お店を出て公園通りを過ぎると、波実の住む8階建てのマンションが見えてきた。

バッグから集合玄関のオートロック解除用のカードキーを取り出そうとしたその瞬間、

「鈴木さん」

と後方から男性が声をかけてきたことに気づいた。
先程の男性だった。

「こ、これを」

男性が差し出したのは、さっき波実が男性に購入を譲ったコミックだった。

ここまで追いかけてきたのだろうか?
男性の息は少し上がっていた。

「僕はもう、読んだので」

「もう?」

男性はコクッと頷いた。

「それとこれ」

波実がさっきまでケーキを選んでいたお店の袋を差し出す。

波実がおそるおそる袋を受け取る。袋を開けると色とりどりのマカロンが10個入っていた。

「でも、頂く理由がありませんから」

「購入を迷っていたでしょう。お好きだと思ったので。それに僕の趣味を笑わないでくれて嬉しかったから、そのお礼です」

波実がケーキとマカロンで迷っていたのをどこで見ていたのだろう。店内に男性がいたなら目立つと思うが、まさか外から見ていたのかな?

波実はあまり三次元の男性の気持ちに明るくない、というか全くわからない。

父を幼い頃に亡くし、脳内お花畑の母と一緒に暮らしてきたためリアルの男性に興味が湧かないのだ。

だから、そのまま男性の善意を受けとることにした。

「ありがとうございます。それでは遠慮なく」

波実がコミックとマカロンの袋を受けとると、男性は満足そうに口角を上げた。

「ここに住んでいるんですか?」

「はい、セキュリティもしっかりしてますから」

男性とお付き合いした経験のない波実は、警戒心をどこかに置き忘れて育ったようだ。

「それでは、わざわざありがとうございました。この本大切にしますね」

奈美は再度、男性にお辞儀をすると、カードキーを使ってマンションの中に入っていった。

男性は、マンションの南側のベランダを見上げる。
5階の右門部屋の窓が開いて、波実が洗濯物を取り込むのが見えた。

「警戒心が無さすぎるな,,,」

男性は無愛想な外見に微笑みをたたえると、身を翻してその場を去った。


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