God bless you!~第9話「その付属と、なんちゃって」・・・合同スポーツ大会
あいつを走らせなきゃいけない
指示が出てから、バタバタと急いで決める。
いくつか種目で選手が集まってきた所で名簿をまとめて、こちらも保存。
放課後になって、あちらの打越会長にメールで送った。
『さすが、早いですね』と返信が来る。
あちらからは……まぁ、そのうち来るだろう。
しかし、任せてくれればいいと言いつつ、結構付属からの要求は多い。
当日の進行役を決めろ。更衣室は?名札は?と毎日のように打越会長から指示がきて、何時何時までと期限付きだから、急いで準備して返事を送らなくてはならない。
進行役、実行委員……決めるだけなら決まるとはいえ、選ばれたヤツがちゃんとできるのか不安だ。変なヤツを送り込むわけにもいかない。
その上、生徒会有志はマラソン必須となると、当日俺達は段取りに関われないから、事前にすべてを決めて準備しておかなくてはならない。
「マラソン、か」
5キロ地点で折り返す。全長10キロの距離。
街中を通るというより、車もそんなに多くない県道沿いの歩道を走る。
双浜高から折り返し地点までは、低い山の合間を行くなだらかな上り坂。
その分帰り道は下り坂で、疲れた足に容赦ない負担が続く。
運動系の部活をやっていれば、否応なく1度は走らされるルートだが、慣れていないと結構きついかもしれない。
途中地点に、休憩所&世話係を配置。
水とか救急箱とか……ソフト分野も準備が必須だ。それを誰に頼むか。もう募集とか言ってられないと、これはかなり強引に、勝手に決めた。
「沢村先輩に頼まれちゃったら、断れないよ」と、ほぼ快諾だったので胸をなでおろす。人徳だ。普段の行いが物を言う。
右川だと、こうは行かないだろう。ケケケ。
女子の有志は、桂木に任せた。「3年に、まとめのリーダーをやってもらって、2年1年から集めてもらったの。これなら文句も出ないでしょ?」
「うん。俺も文句無い」
進行役。
救護班。
事務方。
桂木は、知りうる人脈を総動員して、役割を当てる。
「大会まで、定期的に説明会をしたらどうかなって。集まるついでに必要な小道具も作っちゃうとか。勝手にやっちゃっていい?」
異存は無い。俺が何も言わなくても、段取りまで自動的に進んで。
正直、助かる。
右川だと……という以前に、運動系にネットワークを持たない阿木や真木、浅枝では、ここまでスムーズにはいかないと分かるからだ。
やって来るのは真面目なコばかりで、これなら安心して任せておける。
今も世話係に決まった後輩女子が生徒会室に居て、説明を聞きながらメモを取っていた。付属男子の色々、選手の集まり具合、ひとしきり雑談に湧く。
「世話役って、お菓子とか食べながらやってもいいんですか?」と、遠足気分までもが盛り上がる。
「アイコなんて、彼氏といちゃいちゃしたいから、途中で消えるとか言ってますよぉ。桂木先輩、どうします?」
「それなら2人っきりで休憩ポイントの担当になってくれたらいいのに」
「あ、それいい。ヤツら、そうしましょう~」
……そうか?
しばらくは、そういった無益な(?)雑談が続いた。
気のせいかもしれないが、後輩の中でも俺と桂木はすっかり公認になっているようで、俺達を目の前、照れもしないかわりに、ワザワザそこを突っ込んでイジってやろうかという次元を通り越しているように感じる。
「ほんっとに助かる。ありがとう」と、桂木が改まってお礼を言うと、その後輩女子はハニカみ、今度は俺に向かって、「そしてら沢村先輩、何か下さいよぉ」と漠然という。
「何かって?」
「ツタヤの割引券とか」
「そんなんでいいの?」
当惑しながらも、ちょうど持ってた3枚全部を取り出して、「ほら」と、その子にあげた。
「え?マジですか?わぁ!先輩ってば、優っさし~」
……この程度で?
世話係は結構大変だ。ツタヤ割引券3枚程度では、割に合わないだろう。
引き受けるからオゴれと言うなら(違う意味で困るが)、まだ分かるけど。
その女子は喜々として、生徒会室を出て行った。
桂木がそれを見届けて、「あたしも何か欲しいな」と上目使いに俺を見る。
微妙な空気が流れた。
息苦しい。少なくとも俺は、そう感じた。
このまま、なし崩し的に……それが次第に濃厚になった途端に息が詰まる。
いつかのキスをまた繰り返すのかと……今は、そんな気になれない。
「いつかのスタバの無料券、持ってる?使わないなら、ちょうだい」
そんなんでいいの?
いや、これは結構いい見返りだな。
気前よく、〝アンケートに答えたら1杯無料〟を、桂木に渡す。
「わぁ、優っさし~、ありがとう」
喜んでいる桂木を見ていると、それが可愛いというより……切ない。
ひょっとしたら本当は違うモノを言いたかったのかもしれない。
キスとかじゃなく、どっか出掛ける、そんな思い出とか。
ネクタイを超える、もっとハッキリした形の残る物とか。
桂木は頭のいいヤツだから、察するのも早い。
俺の困惑を見逃さなかったように思う。
相手の反応を絶えず窺って、出したり引っ込めたり。
サプライズとか、駆け引きとか。
こんな息の詰まるような付き合い。桂木は楽しいとか嬉しいとか、本当に思っているんだろうか。
いつもより永い時間を掛けて、俺はその横顔を眺める
その時、パソコンがメールの着信を伝えた。
付属から。
『マラソンについて。回答です』と、タイトルにある。
女子は5キロで良くない?と一部から意見が出ていたので、それを送ってみたのだが、その返事は、『やっぱり10キロでお願いします』だった。
無理なら歩いてもいいので、とある。
そうくるとやっぱり遠足気分で、お菓子を買って♪彼氏と一緒に♪と、さっきの後輩のような感覚の生徒も出てくるかもしれない。
……それならそれで、いいか。
『生徒会は原則、全員参加でお願いします』
これも何度目だろう。ダメ押しされている。特に、右川会長は病気でもない限り(ある意味、エブリディ病気に近いが)絶対参加してもらいたいと、『御校の代表ともいうべきお立場ですから』と絶妙に強硬な文面で釘を差してあった。
「あいつを走らせなきゃいけないのか」
それを思うと、気が重い。
首に縄をつけて、ニンジンをぶら下げて……何をエサにして最後まで走らせようかと早くも作戦を巡らせる。しかし作戦通りにいかないのが右川である。
今日も、「じゃ、帰るね♪」と、いつものように逃げようとしたので、待て!とばかりに雑用を投げたら、「進路の事で、吉森に呼ばれちゃったから♪また後でね」と、そのまま逃げた。
まったく先行き不安である。
そこに阿木がやってきた。
続いて真木と浅枝もやってきた。今日もこれから付属の生徒が来るという。
「あたしは、ご案内役ですぅー」
真木に鏡を持たせ、浅枝はそれを覗く。男子がやってくる期待感に胸躍る、といった所か。阿木はその様子を眺めて、やれやれと息をつく。
あんまり浮かれてるようなら、彼氏の石原にチクってやるか。
「ところでさ。浅枝って、10キロなんて走れるの」
「うわぁ。ここんとこ、髪の毛ハネてるぅ。どうしよう」
浅枝は、仕切りと前髪を撫で付けた。その耳に、俺の質問は届いていない。
ま、いいか。最終兵器、遠足だ。石原と共にひたすら歩け。休み無しで。
てゆうか、ハネてる~なんかより、走る練習でも何でもいいから何かやれ。
桂木は……10キロなんて楽勝だろう。
同期の陸上エースを抜いた経歴がある。
男子よりは時間が掛かるかも知れないが、実力で手堅く完走するだろうな。
後は。
「阿木って、10キロいける?楽勝?」
「悪いんだけど。ガチで走る気無いわね」
当日は、仲間とのんびり流すという。タイムアップを待って、折り返すと言った。責める事でもない。グレーゾーンは何をおいても存在する。
「真木はどうなの」
吹奏楽部のトレーニング、たった3キロでバテていた事は記憶に新しい。
「僕は、右、左、右、左で、何とか自動的に進みます。任せてください」
「……頑張れ」
タオルを投げてもらえるなんて、甘い事を考えるなよ。
打越会長への返信。『10キロ。会長も、何とか走らせます』と打った。
そこから指先は止まったまま。
今日は、報告できる事が1つも無い。
俺はしばらく目を閉じる。
< 6 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop