君のいた時を愛して~ I Love You ~
 ご飯の炊ける音楽にサチが目を覚ましたので、俺はノートをしまって食卓の支度を始めた。
 食卓と言っても、相も変わらず、くたびれた卓袱台だが、サチがお皿やスプーンなどを用意してくれたから、今では、卓袱台にも食器を並べると食卓らしく見えるから食器の力は偉大だ。

「サチ、起きられるか?」
 俺が声を掛けると、サチはゆっくりと体を起こし始めたので、俺はすぐにサチの体を支えて起こしたあげた。
「ベッドに座って食べるか?」
 ほんの少しの距離とはいえ、移動させるのが可哀想なくらいサチは弱っていた。理由は、先日まで続けていた放射線治療の副作用らしい。
「コータと一緒にそっちで食べる」
 サチの答えに、俺はサチの体を支えて卓袱台の前にサチを座らせた。
「あたし、コータの作ってくれるカレー大好き」
 サチは目を輝かせて言った。
「ありがとう。あんまり、まともな料理は作れないけど、これだけは母さんが生きてる頃に失敗して、母さんに教えてもらったから、作り方を覚えてて、母さんの味なんだ」
 俺が言うと、サチは笑みを浮かべて俺のことを見つめた。
「あたし、コータのお母さんに会いたかったな。きっと、あたしの母さんと違って、素晴らしい方だったんだよね」
 サチの言葉に、俺はサチの頭を撫でた。
「俺には、優しい母さんだったよ。でも、男を見る目はなかった。あんな、ろくでなしの金持ちのボンボンに遊ばれて、捨てられて・・・・・・」
 俺の言葉に、サチが俺の手をぎゅっと握った。
「コータ、そんなこと言ったらだめだよ。お母さんが傷つくから。きっと、コータのお母さんが出会ったころのコータのお父さんは、良い人だったんだよ。いまは、コータの事誘拐して、拉致して、無理矢理にコータの望まないことをさせようとした人かもしれないけど」
 俺はサチが愛しくて、サチを思わず抱きしめた。
「ありがとうサチ。俺、サチに出会わなかったら、世界中の人間はみんな敵で、俺は、孤独な人間のままだったと思う。でも、サチが、俺に教えてくれたんだよ、敵なのは一部の連中だけで、周りには俺が知らないだけで、優しい人がいっぱいいるんだって」
 俺の目から涙が零れ落ちた。
「コータ・・・・・・」
「サチ、愛してる」
 俺が泣いているのを察したのか、サチが細い腕で俺のことを抱きしめ返してくれた。
「あらまぁ。カレーのにおいがしたから、福神漬け持ってきたのに、お邪魔だったわね」
 二人だけの世界に、山根のおばさんの声が割り込んできたので、俺は慌ててサチから離れて扉の方を向いた。
「若いんだから、そんな遠慮しなくていいわよ。福神漬け、ここに置いておくから、ゆっくりね」
 山根のおばさんは言うと、音もなく扉を閉めて姿を消した。
「あの扉、開けると音しなかったっけ?」
 音もなく開いた扉に、俺は思わずつぶやいた。
「あ、あれね、油が切れていたみたい。私を起こしたくないからって、富田のおばさんが中村のおじさんに相談して、なんか油みたいなのを使ってくれて、そうしたら音がしなくなったの」
 サチの説明に、俺は扉に鈴でもつけた方が良いのではないかと思いながら、でも、買い物を代わってくれたり、色々と手伝いをしてくれるおばさんたちが、扉を開けるたびにサチが目を覚まさないようにと気遣ってくれたことが嬉しかった。
「カレー食べよう」
 サチに促され、俺はご飯を盛り付けてカレーをよそり、二人分の食卓を仕上げた。
「いただきます」
 サチのかわいい声を聞いてから、俺も『いただきます』と言ってカレーを食べ始めた。

☆☆☆

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