君のいた時を愛して~ I Love You ~
雪が降りそうな、凍えた空を見上げ、サチはすっかり新しいベッドの運び込まれた部屋を片付け終わっていた。コータは新年になってもいいと言っていたし、サチ自身も急ぐ気持ちはなかったのだが、店の方は年内にこの大きな品物を処分できるかどうかは重要だったようで、サチが買う意思を表明すると、支払いを済ませる前に部屋に運び込むという話になってしまった。
 確かに、運び込んでしまえば、家の場所も分かるわけで、年末年始の数日の間にベッドを抱えての夜逃げと言うのもあまりあり得る話ではないし、踏み倒すにしては額が低すぎるという判断だったのだろうが、サチは二年越しで店に借金することはコータが喜ばないだろうと、自分の手持ちのお金からベッドの大金を支払った。
 もちろん、全額コータに出してもらうつもりではなかったし、もともとベッドを買い替えるというのはサチのアイデアだし、サチとしては半分以上出すつもりでお金は用意していたので、たとえ全額自分で払ったとしても、夜中に肋骨に食い込むワイヤーの痛みで目覚めなくて済むと思えば、迷いはなかった。
 実際のところ、サチが立て替えれば、コータはすぐにお金を払ってくれたし、サチが払うつもりで勝ったものにさえ、コータは几帳面にお金を出してくれていたので、サチはクリスマス・ディナーにコータを招待したり、こうしてベッドを買い替える時に沢山払う事によって、日頃コータに出費させているお返しが出来たらいいと思っていた。
 凍てつく空に輝く星が祝福してくれているようで、サチはコータに出会えて本当に幸せだと思った。
 何も考えず、身の回りの物だけをカバンに詰め、家を飛び出して来たサチは、家に帰るくらいなら、どこかで野垂れ死にした方が良いと、本気で思っていた。だから、目的地もなく電車を乗り継ぎ、終点の駅のベンチで夜を明かしても、身の危険も何も顧みるつもりもなかった。
 だからと言ったらコータにすごく失礼だが、コータに声をかけてもらった時、雨に濡れるくらいなら、どこでもいいから雨に濡れずに眠れる場所に行きたいと、それで自分の身に何が起きても構わないと、そう思っていた。
 そんな捨て鉢なサチの心を知ってか知らずか、コータは一貫して紳士だった。最初は、警戒と言うよりも、なぜコータが自分を助けてくれたのかが不思議だったサチも、コータの優しさに、この世の中には本当に優しい人もいるのだと思えるようになり、そう思った時には、サチは既に優しいコータの事が好きになり始めていた。
 あのコータが熱を出した日以来、サチとコータは毎晩同じベッドで背中合わせに寝ている。同じベッドで同じ布団の中に入って寝ていても、コータの紳士ぶりは徹底していて、常にサチに背中を向けるようにして寝ている。
 夜中にコータがトイレに行っている隙にサチがコータの寝ている奥側に寝返りをうてば、コータはサチに背を向けてベッドの端に体を横たえた。
 もしかして、ただ紳士なのではなく、恋愛対象として見られていないのではないかと不安になることは何度もあったが、サチ自身、コータが自分の事を嫌ってはいないこと、そして恋愛対象として見てくれている事は徐々にわかってきたし、今では、コータが真剣に自分とのことを考えてくれているという確証があった。
 それでも、サチはコータの過去の事は良く知らない。サチ自身が自分の過去を話したくないように、コータにも話したくないことがあるのだと、サチは理解していた。話したくないことがあるから、どちらも過去の事は話さない。話したくないことを無理に聞き出したいとは、サチは思っていないし、自分も無理に話させられるのはごめんだ。
「うう、寒い!」
 サチは一人呟くと、羽織っているカーデガンの前をしっかりと合わせて玄関の扉を開けて建物の中に入った。
 コータが帰ってくるまでには、まだ少し時間がある。
「そろそろ食事ができるようにセットしなくちゃ」
 サチは言い聞かせるように言うと、靴を片手に階段を静かに駆け上がり、部屋へと戻った。

☆☆☆

< 21 / 155 >

この作品をシェア

pagetop