君のいた時を愛して~ I Love You ~
「おい、外から鍵って、冗談だろう!」
 俺は叫びながらドアノブを必死に動かしたが、扉はびくともしなかった。助走をつけて体当たりしても、蹴りを入れても、何も変わらなかった。
 引きずらるようにして階段を上がってくる間、無駄な抵抗をしたせいか、自分がいるのが何階なのかもわからなかったが、とりあえず窓に駆け寄り窓のから外を見渡した。
 よほど敷地が広いのか、街明かりは遠くに見え、広い庭と高い塀、そして、飛び降りて逃げることができないくらい高い階にある部屋にいる事だけが分かった。
「なんなんだよこれ・・・・・・。俺が欲しかったのは、おやじなんかじゃない・・・・・・。俺が欲しかったのは・・・・・・」
 その瞬間、俺は自分のカバンがいつの間にかなくなっていることに気付いた。
 以前なら。あのカバンには俺の全財産が入っていた。前は、誰も信じることができなかったから、ネットカフェで暮らしたり、日雇いの仕事をしたりしていたから、通帳も、銀行印も、実印ですら持ち歩いていた。でも、今はサチが部屋にいてくれるし、サチから銀行印と通帳を持ち歩くのは危険すぎると注意され、二人でお互いの銀行印と実印を部屋のどこかに交代でかくしたから、あのカバンに入っていたのは、財布とタオル。それに、スーパーのロッカーのカギとスタッフ証に手袋くらいだった。
「あっ、ヨーグルト・・・・・・」
 手に持っていたはずの買い物袋がなくなっていることに改めて気付き、俺は馬鹿みたいに声を上げてしまった。
 今はヨーグルトどころじゃない。サチが待っている。
 俺は慌ててシャツの胸のポケットに入れておいたPHSを取り出した。
 液晶画面には着信があったことと、メールが届いていることが表示されていた。
「サチ・・・・・・」
 俺は短縮ボタンを押してサチに電話をかけた。
『コータ?』
 眠っていたのか、少しくぐもったサチの声が聞こえた。
「サチ、ごめん」
『何があったの、無事なの? 怪我とか、事故とかじゃないよね?』
 不安そうなサチの声に、俺は胸が締め付けられた。
『いま、どこにいるの?』
 矢継ぎ早の質問に、俺はどれから答えていいかわからなくなってしまった。
「サチ、俺は怪我もしてないし、事故にも遭ってない。でも、俺の父親だって奴の家に連れてこられて、ここがどこかわからないんだ」
『コータのお父さん?』
「ああ、父親だって人と、その人の奥さんに紹介されて、今日からここに住めって言われて、なんか部屋に閉じ込められて、出られないんだ」
『コータ、無事なんだね』
 電話の向こうの不安そうなサチの顔が見えるようだった。
「サチ、明日になったら、スーツを買いに行くとか言ってたから、その隙に逃げて帰るから。だから、心配しないで待っててくれ。でも、明日の仕事にはいかれないから、大将には適当に言っといてくれないか? それから、俺、ちゃんと買い物したのに、どっかに落としてきちゃったみたいで、ヨーグルトと、あれ、あとなんだったっけ? 明日、ちゃんと買って帰るから」
 電話の向こうのサチが俺の支離滅裂な話にクスリと笑みを漏らしている気配がした。
『コータが無事だったら、買い物なんてどうでもいいから。それから、バッテリー無くなるといけないから、コータはPHS使える時以外は電源を切っておいて。私は、メール送るから、読める時に読んで。そのPHS無くなっちゃったら、本当にコータがどこかに行っちゃいそうで、私、怖くてたまらないから』
 サチの泣きそうな声に、俺は胸が苦しくて苦しくてたまらなくなった。
「サチ、愛してる」
 俺の言葉に、電話の向こうのサチが息を飲んだ。
「俺は、絶対にサチのところに帰るから。何があっても、必ず愛するサチのもとに帰るから。だから、俺の帰りを待っててくれ」
『うん、待ってる』
 電話の向こうのサチが愛しくて、愛しくて、俺は何度も何度も『愛してる』と言った。
 安心したサチが『ゆっくり体を休めてね』と言って電話を切った後、俺はサチに言われたとおりにPHSの電源を切った。
 少なくとも、父親だと言い、ここで今日から暮らせという以上、俺に危害を加えるつもりはないのだろうと俺は考えると、俺の為に用意されていたと思われるパジャマに着替えた。
 それでも、寝ている間に服を盗まれるといけないので、着てきたものは全て上着の中にまとめてしまい、両袖を紐代わりにしてて片足に縛り付けた。それから、PHSをなくさないように枕の下に隠すと、ふかふかのベッドに横になった。
 昼間の対象の店での疲れと、スーパーでの肉体労働の疲れからか、俺は初めての場所だというのに、信じられないくらい深い眠りに落ちていった。

☆☆☆

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