君のいた時を愛して~ I Love You ~
寝室に移動した航に、薫子は控えめに声をかけた。
「あなた、こんな風に無理やり連れて来るなんて・・・・・・」
 薫子にしてみれば、航に駆け落ちするような相手がいたということ自体が寝耳に水な話だった。親に引き合わされたころの航は同年代にしては落ち着いていて、どこか政略結婚を当然として受け入れる心の準備が整っているようだった。だから、見合いをして、交際を始めても礼を失するような行為はなく、話はウィットに富んで薫子を楽しませてくれたし、その整った外見は、すれ違う女性を振り向かせるような甘さがあった。だから、薫子も素直に親同士の勧める結婚話を承諾し、航と家庭を持つ決心が直ぐにできた。
 結婚してからの航は、どちらかと言えば仕事が愛人と言う様子で、他の女性と深い仲になっているような気配は全くなく、ただ、子供がいないことをずっと残念がっていた。だから、『実は息子がいる』と切り出された時、自分に知られないように他に女性がいたのだと、薫子は心を引き裂かれるような苦しみを覚えた。しかし、それが学生時代の事で、子供は当時の交際相手が育て既に成人して久しいのだとわかると、自分でも信じられないくらい穏やかな気持ちで夫の息子を家族に迎えることを承諾することができた。ただ、航は今晩息子を連れて帰るとは説明してくれたが、それが本人に断りなく、無理やり連れてくるようなやり方をするとは思っていなかったので、航が屋根裏部屋に当面の間の息子の部屋を用意した時は当然反対した。航の息子なのだから、ちゃんとした部屋を与えるべきで、使用人でもないのに屋根裏部屋を改造し、しかも外から鍵をかけられるようにするなんて、薫子の理解をはるかに超えていた。
「お前には迷惑をかけない。あれは、いま得体のしれない悪い女にたぶらかされているんだ。だから、少し荒療治が必要なんだ」
 航の言葉には、息子のことに薫子に口を出してほしくないという気持ちが表れていた。
「でも、幸多さんは成人した立派なおとなです。高校生のように部屋に閉じ込めるなんて、少しやりすぎではありませんか?」
 薫子は、出しゃばりすぎだと思いながらも、やはりもう一言、航に言っておきたかった。
「薫子、明日も早いんだ。もう、休ませてくれ」
 航は言うと、取り合おうとせずベッドに体を横たえた。
 仕方なく薫子は従うと、その隣に身を横たえた。

☆☆☆

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