君のいた時を愛して~ I Love You ~
 アルコールを煽り、ろくに料理を食べない二人と違い、ウーロン茶のコータは出てくる料理を次々と平らげていった。
 どの料理もコータが今まで食べたことのない物ばかりだった。味もとてもよく、コータはこの料理をサチに届けられたらと心から思った。
「やっと見つけたと思ったら、幸多の奴、身元もよくわからない娘と同棲していたんだ」
 再び渡瀬の話題の矛先が自分の方に向き、コータは耳をすませた。
「そりゃ、ワタルさん似のいい男ですから、女性がほっておかないでしょう」
 かなり出来上がってきている陸上の言葉に、渡瀬が『相手が悪い』と答えた。
「あんな、得体のしれない娘、渡瀬の家の妻にはできない」
 渡瀬が言い切った。
「いい加減なことを言うなよ!」
 コータは声を荒げた。
「何がいい加減な事なんだ?」
 渡瀬はグラスをテーブルに置いてコータの方を向いた。
「俺とサチは、同棲しているわけじゃない。同居してるだけだ」
 コータなりに、一線を越えるのは、きちんとけじめをつけてからと心に決めているから、毎晩、同じベッドで寝ていても、サチを抱きしめて寝ていても、抱いたことは一度もない。
「あんな狭い部屋で、若い男女が一緒に暮らしていたら、すること位するだろう。まさか、妊娠させてなんかいないだろうな?」
 決めつけられ、コータの堪忍袋の緒が切れた。
「俺は、サチに指一本触れてない!」
 正確には嘘だが、男女の交わりを持つという意味でサチに振れたことは本当に一度もなかった。
「それが本当なら都合がいい。手切れ金も少なくて済むからな」
「手切れ金って、なんだよ!」
「あの娘には、あの部屋を出て、どこかに引っ越してもらう。それから、お前には二度と会わないという誓約書を書いてもらう」
 渡瀬はアルコールの勢いで、まだコータに話すつもりではなかったことまで口を滑らせた。
 さっきまでの嬉しかった思いも、この男も本当は母を愛してくれていたのだという思いも、コータの中から消え去っていた。
「まあ、ワタルさん。そんな言い方はよくないですよ。幸多君だって、真剣に将来のことを考えての事なんでしょうから」
 陸上がすかさずフォローに入った。
「何が真剣なものか。パソコンは使えない。スマホも持っていない。料亭のアルバイトにスーパーのパートの掛け持ち。そんな生活のどこに将来なんてものがあるって言うんだ」
 コータの怒りが爆発した。
「俺だって、ちゃんとした会社で、ちゃんと働いてたんだよ!」
「そうだな、自動車工場で車の組み立て、派遣切りであっさり無職。その後は、定職にもつかず、アルバイトとパートじゃないか」
「俺だって・・・・・・」
「ワタルさん、言い方が悪いですよ。大勢、職を無くして、幸多君みたいに、曲がりなりにも定収入がはいるアルバイトやパートを見つけて、ちゃんと部屋を借りて住んでいるってのは、褒められることですよ。あれ以来、ネットカフェ難民になって、若いのにホームレスってこたちも多いんですから」
 陸上のとりなしにも、渡瀬は耳を貸そうとはしなかった。
「俺は、もう自分のいるべき場所に帰ります」
 一人、アルコールを飲んでいないコータは立ち上がると、座敷を後にしようとした。しかし、廊下で待っていたのは、コータを袋に詰め込むようにして拉致した男だった。
 逃げられない。
 コータは自分の不甲斐なさが悔しくて涙が出そうになった。
「お戻りください」
 命じられるまま、コータは仕方なく席に戻った。
 アルコールの入った陸上と渡瀬は、コータの存在を忘れたかのように、国の政策が悪いだの、景気対策が手ぬるいだのと、政治の話に盛り上がり、コータは黙々と食事をするしかなかった。
 結局、完全に出来上がった渡瀬をガタイのいい男が背負うのかと思えば、ぐでんぐでんの渡瀬をコータに押し付け、ガタイのいい男は先にタクシーに陸上を乗せ、運転手に車を回させると後部座席に渡瀬を押し込むようにして乗せ、次にコータを乗せてから自分が扉側に座った。
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