君のいた時を愛して~ I Love You ~
 俺はダッシュでATMに向かった。
 財布から取り出したカードの名義は、一応俺の名前だが、実は俺の将来の為にと死んだ母さんがなけなしのお金を毎月、少しずつ貯めてくれていたお金だ。
 母さんが亡くなってから、俺は残高は確認したが、一円も引き下ろしたことのない、母さんの残してくれた唯一の遺産。ずっと口座を使わないと、いざと言う時に使えなくなると先輩が教えてくれたから、毎月、俺も最低千円、余裕のある時は数千円は入れるようにしていた特別な口座。あると思うと、つい生活がダレて無駄遣いに走るからと、自分を戒めるために存在を頭の中から消していた口座。いま、そのお金を使う時が来たと、俺は信じて疑わない。
 母さんが『いつか時が来たら、これを使いなさい』と渡してくれた時から、ずっと大切にしてきたお金。母さんの命にも等しいお金。それを使うのは、俺とサチの結婚の証の指輪のため。
 俺はATMでお金を下ろし、感慨深げに一万円札を財布にしまうと、サチの待つ店に戻った。


「すいません、お待たせしました」
 俺が言うと、店員とサチは談笑していて、目の前には可愛らしい包みが俺を待っていた。
 俺は財布を取り出し、迷わず現金を店員に渡した。
 店員はいったん奥に下がり、お釣りと領収証を持って戻ってきた。
「こちらがお釣りになります」
 お釣りを受け取り、俺は現金をしまうと改めて小さな包みを見つめた。
「サチ、持ってくれるか?」
 俺の言葉に、サチが頷くと包みをカバンにしまった。
「ありがとうございました。お二人のお幸せをお祈りいたしております」
 店員の言葉に見送られ、俺たちは店を後にした。

☆☆☆

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