君のいた時を愛して~ I Love You ~
「良い人だね」
 サチは椅子に座ると、俺にPHSを返しながら言った。
「コータなら、きっと幸せになれるって。大将が太鼓判を押してくれるって」
 サチの言葉に、俺も嬉しくなった。
 二人で窓の外に広がる大きな海を見つめながら、トンネルと海、トンネルと海、その繰り返しを楽しんだ。
 役所のある駅を通り越し、俺とサチは肩を寄せ合い目的の駅までゆったりとした時間を過ごした。
 今までは、こんな風に二人でどこかで行くことはほとんどなく、あのクリスマス・ディナーの時が、電車に乗って出かけた最初だったような気もする。こうして、サチが俺に寄り添ってくれるのが、一時の事ではなく、これから先もずっと続くのだと思うと、俺は幸せで幸せでたまらなくなった。


 目的の駅で電車を降りると、俺とサチは温泉街とは違う都会な雰囲気に度肝を抜かれた。
 大きなバスターミナル、立ち並ぶ高層のビル群。有名な量販店に、おしゃれな店が地下街にもあふれていた。
「ここ、すごい都会・・・・・・だな」
 思わず、俺はどこに行っていいのか分からず、サチの方を向いた。
「あ、あそこのお店、見てみよう」
 サチは言うと、俺の手を引いてジュエリーショップへと小走りで向かった。
「いらっしゃぃませ」
 笑顔の店員の、鋭い視線が俺たちを品定めしているのが分かったが、俺は貯金の全てとは言わないが、少なくとも、サチが満足する結婚指輪を買うだけの決心はついていた。
「どのようなものをお探しですか?」
 店員の問いに、サチが『結婚指輪』と答えると、店員は俺たちを店の奥の一角に案内してくれた。
 その一角は、全ての並んでいる指輪がついになっていて、サイズも大小がペアになって飾られていた。
「ちなみに、ご予算は?」
 訊き難いことをズバリと訊くあたり、さすがに、結婚指輪の場合は違うんだなと、俺は変なところに感心してしまった。
 ずいぶん昔、美月にプレゼントを買ったときは、予算なんて聞かれたことはなかったから、やはり結婚しているかどうかは、大きな違いがあるんだなと、俺は変なところに納得した。確かに、結婚した以上、財布は一つ。俺の少ない稼ぎでサチを養うためには、幾らまで指輪にお金をかけられるのかは、サチとしても知っておくべきことというわけだ。
「えっと、その、こういうものを買ったことがなくて・・・・・・」
 俺は答えながら、自分がバカに感じられた。
 普通、結婚指輪を買いなれている男なんて、犯罪者くらいしかいないだろうに。
「では、どのようなものをお探しですか?」
 次の問いに、俺はまたぐうの音も出なくなった。
 確か、結婚指輪って、プラチナと決まっているんじゃなかったのか?
 そんなことを考えながら、金色やピンク色、色々な色の指輪があることに俺は改めて気付いた。
「こちらは、定番のプラチナになります。それから、こちらが金のコーナーですが、金の方はホワイト、ピンク、グリーンと、定番のゴールド、それから、こちらはシルバーのコーナーになります」
 ボケっと見つめるだけの俺にというか、真剣に見つめるサチにと言うべきだろうが、店員の女性は丁寧に説明した。
「最近、プラチナは金属価格がかなり値上がりしておりますので、プラチナですと、細い物でもペアで七万円位からになります」
 やんわりと、それでいてプラチナは無理だよなと言わんばかりの店員の言葉に、俺は貯金の残高を思い出しながら、やはり頭を横に振っていた。
「シルバーでしたら、ペアで一万円ちょっとからございますが」
 いきなり、そこまで落とすか!
 俺は叫びそうになりながら、再び無言で頭を横に振った。
「ちなみに、最近は長持ちするということで、ステンレスの物もございますが」
 なんだよステンレスって! 俺は流し台を買いに来たんじゃないんだぞ!
 俺が頭を横に振るのとシンクするように、サチが頭を横に振っていた。
「そう致しますと、金になりますね」
 高すぎるのも、安すぎるのも、それからステンレスも却下した俺たちに、店員が金の指輪を何個か取り出して見せてくれた。
「こちらが、ホワイトになります。プラチナより輝きが良く、シルバーのように曇りが出ないので、比較的人気が高いものになります。それから、こちらはピンクゴールドでございます。比較的女性には人気のあるお色ですが、パートナーの方に似合わず、断念される方も多いです。それから、こちらがグリーンとオーソドックスな金色になります」
 目の前に並べられた指輪を真剣に見つめるサチに、俺は耳元で囁いた。
「サチ、気に入ったものあるのか?
 俺の言葉に、サチはじっと指輪を見つめてから『ピンクとグリーンは嫌だな』と囁いた。
 確かに、ピンクは俺の手に似合いそうもなかったし、グリーンはサチの手に似合いそうもなかった。
「じゃあ、ピンクとグリーンはしまってください」
 俺が言うと、店員はホワイトとゴールドの二色を真ん中に並べた。
 こうしてみると、どちらもただの金属の輪っかだった。指輪と言われれば指輪だけれど、何の面白みも何もなかった。
「あの、もっとおしゃれっていうか、飾りのある物とかはないんですか? 石もついてないし・・・・・・」
 俺の言葉に、店員の冷たい視線が刺さった。
「こちらは結婚指輪ですので、石が載ったものとなりますと、婚約指輪ということでございますか?」
 うっ! 俺は地雷を踏んだことに気付いた。
 確か、前に美月が読んでいた雑誌に書いてあった婚約指輪って、確か、給料の三か月分とかの大きなダイヤが載った指輪の事だよな・・・・・・。でも、俺にはそんな余裕はない。焦り続けている俺の代わりにサチが答えた。
「あ、婚約指輪は省略したんです。私たち、昨日入籍したので、もう必要ないかなって」
 サチの言葉に納得したのか、店員はそれ以上何も言わなかった。
「あの、このホワイトの試していいですか?」
 サチの言葉に、店員が頷きサチの指に指輪がはめられた。
 銀色に輝く指輪は、俺に俺たちが結婚したんだという事をより実感させてくれた。しかし、多分、俺の懐具合を察しての選択なんだろうが、指輪が酷く細く感じた。
 俺の持っている結婚指輪のイメージは、こんな細い針金みたいなものじゃないと、俺の中の何かが伝えていた。
「あの、もっと太めのはないんですか?」
 俺の問いに、店員がガラスケースの中からもう一セットの指輪を取り出した。しかし、一瞬見えた値段に俺の足がすくんだ。
 サチは新しく出された指輪をはめなおした。
 さっきの針金を巻いたような細い物とは違い、その存在感は圧倒的だった。
「こちらですと、ペアで五万円ほどになります」
 ちょっと挑戦的な店員の言葉に、俺は大きく頷いて見せた。
「コータ、あたし、さっきの細い方でもいいよ」
 サチがすかさず助け舟を出してくれたが、俺の決心は変わらなかった。
「いいんだよ、サチ。こっちの方がサチに似合ってる」
 俺は言うと、サチに笑って見せた。
 豪華な披露宴も、厳粛な結婚式もぶっ飛ばし、プロポーズ即入籍というウルトラスピード結婚をした俺たちにとって、この指輪は大きな意味を持つ。誰の前にも誓ったわけじゃないけれど、俺たちは互いに相手に誓った。死が二人を分かつまで、どんな苦労も一緒に耐え抜くと。だから、あんな安っぽい針金みたいな指輪じゃ俺が嫌だった。
「サイズ、あってるのか?」
 俺の言葉に、店員は勝利の笑みを浮かべてサチの指のサイズをはかり始めた。
「結婚指輪は、あまりぴったりですと水仕事などで指がむくんだ際に居たくなったりしますから、抜けない程度に余裕がある物をお勧めしております」
 店員は言いながら、俺の方にもサイズを測るリングの束を差し出した。
「男性の方は、特に指輪に慣れていらっしゃらない場合は、ぴったりだと痛みを感じたり、指輪が気になるなど、色々なお話を伺いますので、同じく、抜けない程度に余裕のある物をお勧めいたしておりますが、大きすぎると失くされて大変なことになる場合もございますので、サイズには十分ご注意いただくようにお願いしております」
 店員の言葉を聞きながら、俺は大きい物から順番にリングを指に通していった。
 その間に、サチのサイズが確定し、サチの指にぴったりのサイズのリングがはめられた。
「コータ、これぴったりのサイズ」
 嬉しそうに指輪を見せるサチに、俺は何とか自分のサイズと思しきリングを指から外して店員に見せた。
「少々お待ちくださいませ。・・・・・・・・こちらになります」
 俺のサイズを確認した店員が指輪を取り出して俺に渡してくれた。
 俺は初めての指輪を指に通す。が、関節のところで少しひっかかり、俺ははめるのを躊躇した。
「少し、サイズを大きく致しましょうか」
 俺の戸惑いを察した店員が、すぐに別の指輪を出してくれた。
 俺は指に仕えたリングを外し、新しく出されて物をはめてみる。
 関節にも引っかからず、指の奥まで入れてもきつくもない。たぶん、これがベストフィットってことなんだろうと、俺は思わずうなずいた。
「では、サイズはよろしいですか?」
 店員の問いに、俺とサチは同時に頷いた。
「では、一度外して戴いてもよろしいでしょうか?」
 店員に促され、俺たちはリングを外した。
「では、こちらのリングをクリーニングして、ケースにお納め致しますのでお待ちください」
 店員は二つのリングをトレイに載せ、衝立の後ろに持っていった。
 しかし、すぐに戻ってきた店員は、俺に指輪についていた値札を二枚トレイに載せて笑みを浮かべた。
 俺のリングが二万七千円、サチのリングが二万五千円。合計すると五万二千円。これに消費税が入る・・・・・・。暗算は得意だが、脳が計算することを拒否していた。
「お支払いは、クレジットカード、現金、どちらになさいますか?」
「げ、現金で・・・・・・」
 俺は言いながら、財布の中の現金が足りないことに気付いた。
「あ、すいません。この辺にATMは?」
 俺の問いに、店員が笑顔ですぐ近くにあるATMの場所を教えてくれた。


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