君のいた時を愛して~ I Love You ~
 思った通り、幸多が中村家の墓に姿を現したことに航は満足したものの、幸多が女連れでないと嫌だと言い張るとのことで、仕方なく航は女も連れてくることを許可した。
 だいたい、最初から別々に等せず、幸多にいかにあの女がいかがわしく、汚らわしい女仲という事を幸多に教えてしまえば、最初はショックを受けたかもしれないが、最終的には自分にはふさわしくない相手だという事を理解しただろうに、航が焦って引き離したりしたから、逆に反抗して二人で一緒に逃げたりしたのだろうと、航は自分のせっかちさを少し後悔したりした。
 幸多が帰ってくることを知らせると、薫子はいつもより念入りに化粧をし、身だしなみを整え、航の良き妻を演じる気にはなったようだった。

 待つこと一時間半、やっと幸多を乗せた車が玄関に横づけになると、航は玄関まで幸多を迎えに行った。
「幸多!」
 車から降りてきた幸多に声をかけると、幸多はいかにも嬉しくないと言った様子で航の事を一瞥しただけで、あとから降りてくる女に手を差し伸べた。その左手に光る指輪に航の背筋を冷たいものが流れていった。
「幸多、こっちを向きなさい」
 航の言葉に従ったのか、女が車か降り終わったからなのか、幸多は航の方を向いた。
「サチ、えっと、話したよな。俺の母さんの昔の恋人で、俺の父親だっていう人」
 何という説明の仕方だと、航は頭に血が上るのを感じた。
「幸多、ふざけるのもいい加減にしなさい。お前と私は、ちゃんとDNA鑑定も済んでいて、お前は、私の息子だとはっきりしているんだ」
 声を荒立てる航に、幸多の後ろに隠れるようにしていた女が一歩前に進み出た。
「コータ、ちゃんと紹介して」
 女の言葉に、コータが航に向き直った。
「俺の妻のサチです」
「よろしくお願いいたします」
 幸多の言葉も、女の言葉も航の耳には届いていなかった。
「あら、幸多さん、やっとお帰りになったのね」
 硬直する航をよそに、薫子が姿を現した。
「あ、薫子さん。俺の妻のサチです。サチ、あの人の奥さん」
 コータの説明に、サチが深々とお辞儀をした。
「幸と申します。よろしくお願いいたします」
「航さん、幸多さんもサチさんも、きっとお疲れよ」
 薫子は言うと、航の返事を待たずに二人を家の中に案内した。
 日頃家を空けている航からすれば、この家は航の家であってないも等しい。
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