君のいた時を愛して~ I Love You ~
 仕事を休みながら、まさか自分の働いているスーパーに買い物に行くわけにもいかず、コータはあの突然退職によって店長を激高させて以来、一度も足を踏み入れていない古巣に足を向けた。
 思えば、あの男のせいで仕事を失うという迷惑を被ったものの、サチと結婚する決心もできたし、大将にいい仕事を紹介して貰え、パートから契約社員になることが出来たのだから、あの男の存在もまんざら悪いことばかりではなかったと思えるようになってきていた。
 とにかく、サチとの新婚生活は幸せに溢れていた。こんなことなら、もっと早く一歩を踏み出せばよかったと、ずっと過去に引きずられていた自分が唯のバカに思えた。それでも、その時は自分なりに苦悩していたわけだし、人生における障害を乗り越えるためには、力を蓄え、助走をつける時間が必要なものなのかもしれないとも思えた。

 古巣のスーパーは顔なじみが多く、あちこちで声をかけられ、いまや隣接する強豪他社に鞍替えした裏切り者ともいえるコータに、冷たい視線を向ける者も少なくなかったが、おおむねパートの女性陣はコータの左手薬指の指輪を目ざとく見つけては『パートやアルバイトじゃ家庭はもてないもんね』と言ってはコータに祝いの言葉を送ってくれた。もちろん、奥さんの写真はないのかとか、結婚式はいつしたのかとか、色々な質問も付随してきたが、コータが役所に書類を出しただけで式はしていないことを話すと、女性陣は口をそろえて『ちゃんとウェディングドレス着せてあげなさい』とコータを責めた。
 母子家庭で父の顔を知らずに育った男のコータにはよくわからないが、やはり結婚式の写真があるかないかは女性には大きな違いがあり、将来子供が出来た時に、そういう写真を見たがるものだと言われると、『写真だけでも取っておく必要がある』という女性陣の言葉に従わなくてはいけないという気になった。

 以前なら、見切り品、処分品を漁るのがコータの常だったが、さすがにスタッフでない以上、処分品は覗けないので、見切り品コーナーを覗き、いくつか手ごろなものをゲットすると、それからサチに動物性たんぱく質を取らせなくちゃと、肉や魚のコーナーを見たが、魚は大将のところの賄いで毎日のように食べていることを思い出し、日持ちのするソーセージを一袋ゲットした。
 本当なら、サチが作ってくれるような本格的な料理を作ってあげたいと思うコータだったが、台所が狭いうえ、小柄なサチと違いコータだと本当に身動きが出来ないし、サチが寝ている脇でドタバタと慣れないことをしてサチに心配をかけたくなかったので、簡単に調理できて、すぐに食べられるものだけを買うことにした。

☆☆☆

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