君のいた時を愛して~ I Love You ~
 翌朝になってもサチの熱は下がっておらず、コータは大将にサチが熱があることを電話で伝え、お休みの連絡を入れた。
『お前、すっかり旦那らしくなってきたな』
 電話の向こうの大将がからかうように言った。
「えっ、そんなことないですよ」
『だって、お前、いま俺に家内が熱を出してって言いそうになったじゃないか』
「あっ、それは、スーパーの方にお休みの連絡を入れた後だったから、その流れでですよ」
『お前、仕事頑張ってるらしいな。俺の方には、さっぱり手伝いに来なくなっちまったけど』
「すいません。結構、勉強することも多くて、すいません」
『良いってことよ。鰆と小女子が所帯を持って、幸せに暮らしてるってことが俺には一番大切な事だ。何か、困ったことがあったら必ず俺に相談しろよ、良いな!』
「はい。大将は、俺とサチにとって、父親みたいな存在ですから、何かの時は、よろしくお願いいたします」
『オヤジか、まだそんな歳じゃないんだけどな、でっかい子供が出来ちまったな』
 大将は嬉しそうに言いながら『お大事に』と言って電話を切った。
 前は、一階の共同スペースにある骨董品のようなピンク電話からしか電話をすることが出来なかったが、サチの提案でPHSを買ってからは、大将や会社への連絡もとても楽になったし、誰かが電話を使っているせいで、外まで公衆電話を探しに行かなくてはならないという不便さとも、プライベートな話を誰かに聞かれてしまうという問題からも解放された。
「コータ、お仕事休んで大丈夫なの?」
 ベッドで横になりながら、心配げに問いかけるサチに、コータは笑って見せた。
「大丈夫。実は、来月、なんか試験があってさ、それに受かるようにって、テキストを渡されてて、スーパーに行っても、事務室でその勉強する予定だったから、家で勉強すれば問題なし。給料は貰えないけどな」
「何の試験なの?」
「一般教養とか、接客関する事とかな。で、それに受かっておくと、社員に欠員が出来た時に、優先的に社員になれるらしいんだけど、他にもたくさん講習会とか、聞きに行って、何個も試験受けないといけないらしいんだ。ほら、俺、大学行ってないからさ、普通社員は大学卒業した人ばかりだから、その人たちと同じになるには、色々勉強して、頑張らないといけないってことらしい。でも、大将の紹介だから、勉強している時間も勤務時間にしてくれたりさ、すっごく良くしてもらってる」
 コータは前のスーパーに働きに行っていた時とは比べ物にならないくらいキラキラと輝いていた。
「なんか、コータ、輝いて見える」
「また、熱が上がったんじゃないのか?」
「ちがうよ。じゃあ、良い方をかえるよ。コータかっこいい!」
 サチの言葉に、コータは恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「ほら、病人はちゃんと寝てないとダメだろ。俺は、風邪薬買い足しに行ってくるから」
「わかった」
 サチは言うと、両手を布団の中にしまった。
「サチ、本当に病院に行かなくていいのか?」
「うん。病院、嫌いなんだもん」
「子供か?」
「違うよ、コータの妻だよ」
「わかった。じゃあ、買い物行ってくる」
 コータは言うと、部屋を後にした。

☆☆☆

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