休みの日〜その夢と、さよならの向こう側には〜
46.エピローグ(4)
 先輩と再開した時、私の声を聞いた先輩は、すぐに帰ってしまったけれど、泣いてしまいそうなほど嬉しかった。だから先輩の通っている大学へ梓さんを連れて行った時は、私はわりかし冷静でいられた。

 けれどその日、久々に遥香から電話がかかってきて、私は訊いてしまった。今でも、遥香は先輩のことが好きなの?と。電話の向こうの遥香は、おそらく顔を赤くしたのだろう。戸惑いながらも、「まだ好きだよ」と返した。

 私はまた、泣きたくなる。訊かなければ、また先輩と一からやり直せたかもしれないのに。親友に伝えた応援するという言葉は、私の中で、すでに呪いのようなものになっていた。

 それでも今は、私の方が先輩の近くにいる。あんなにかけることに緊張を覚えた電話も、その日だけはすんなりとかけることができた。今でも優しい先輩に甘えたくて、私は「先輩は今でも……私のことが好きなんですか?」と訊いてしまいそうになる。それは親友に対する裏切りだから、最後まで訊くことはできなかった。

 そして次の日、私はまた思い切って、スーパーの前で先輩のことを待っていた。そして、さも寄り道してきた風を装い、一緒に帰った。

 その日、私はまた先輩に告白された。本当に、言葉にできないほど嬉しかった。一度振ってしまったのに、まだ私のことを好きでいてくれて。

 先輩に、好きだと伝えたかった。けれど伝えようと思うたびに、私の脳裏に遥香の姿が思い浮かぶ。結局私は、また先輩のことを拒絶してしまった。

 もう何もかもを捨てて、逃げ出してしまいたかった。

 けれど、私のことを引き止めた人がいた。先輩を拒絶した後から、梓さんに先輩のことが気になっていると相談された。

 なんとなく、いつか梓さんも先輩のことが好きになるのだろうなという予感をしていた。先輩も、私という存在がいなければ、きっと梓さんのことを好きになるのだろうなと確信していた。

 だから私は、大切な人と、先輩の幸せを願うために、二人を結び付けることにした。二人が幸せになっているところを見れば、きっと私も諦めがつく。そう、思ったから。

 結果的に二人は結ばれた。複雑だったけれど、二人の幸せな姿を見ていると、私の方まで幸せな気持ちになった。

 先輩に彼女ができたと、いつか遥香に報告しなければいけないことが、少し憂鬱だったけれど。

 ある日私は、地元の大学での遥香の様子が知りたくて、普段はやらないSNSで彼女のことを調べた。私は、調べなきゃよかったと、後悔した。プロフィール画面に映る遥香の姿は、高校の頃に見た姿から一変していて、オドオドとした姿は消え去っていた。そして彼女の隣に映る、知らない男の姿。

 結局のところ、遥香は先輩に対しての思いが、本気じゃなかったのだろう。少しだけ心がざわついたけれど、私は彼氏ができた友達のことを、影ながら祝福した。

 そしてまた、私は梓さんから電話であることを知らされた。

『ごめん、奏ちゃん……悠くんと、別れちゃった……』

 梓さんの言っている意味が、さっぱり理解できなかった。どうしてあんなにもお似合いで、幸せそうにしていた二人が、別れるという結論に至ったのか。

「……悠さんが、梓さんのことを振ったんですか?」

 あの人は、そういうことをする人間ではないと、私は確信していた。先輩は、遊びで付き合おうとは絶対にしない。ずっと一緒にいたいと思った人じゃないと、告白なんてしない。事実、遥香に告白された先輩は、その場ですぐに振ったのだから。

 だから梓さんの言った言葉に、それほど驚きはしなかった。

『私が、振っちゃったの……』
「……どうしてですか?」

 感情を抑えるのに、必死だった。一体どんな高尚な理由があれば、先輩を振ることができるのか、私に教えて欲しかった。

 だからそんな理由で先輩のことを振った梓さんのことを、私は本気で許すことができなかった。

『私と一緒にいない方が、悠くんは幸せになれるんだって、気付いたから……私はあの人に、迷惑ばかりかけてたの。彼には夢があったのに、私はいつまでも縛り付けていて……』

 私は、堪えていた気持ちを、押さえつけることができない。

「……先輩は、私が振っちゃっても、私のことを忘れてなんてくれなかったんです。嫌いになんて、なってくれなかったんです」
『……えっ?』

 まるで、初めてその事実を知ったかのような、間の抜けた声だった。先輩は、一度たりとも自分とのことを話さなかったのだろう。それか、あえてぼかして梓さんに伝えたか。

 どちらにしても、先輩の優しさであることに変わりはない。私と梓さんが、今まで通りの関係でいられるように配慮してくれた。それを私が、たった今ぶち壊してしまったのだ。

「先輩は、梓さんがそばにいてくれれば、それで幸せだったんです。それなのに勘違いをして、夢を叶えてほしいとか言って、先輩を困らせたっ……!」

 これ以上言ってしまえば、もう梓さんと一緒にいられなくなる。けれど、それでもいいと思った。私はずっと、彼女に嫉妬していたんだから。

「あなたは、先輩が自分に与えてくれる愛情に怖くなって、一番最悪な方法で逃げ出したんです。本当に先輩の幸せを願うなら、別れようなんて言葉は絶対に口にできないはずですから」

 そして私は最後に言った。

 梓さんを縛り続ける、呪いの言葉を。

「先輩は、きっといつまで経っても、梓さんのことを忘れたりしませんよ。私を忘れてくれなかったように、いつまでも苦しみ続けるんです」

 そうまくし立てるように言った私は、こちらから強引に通話を切った。通話を切った瞬間、堪えていたものが嗚咽となって口から漏れ出す。

 たぶん、生まれて初めてだった。

 誰かに対して、悪意の感情を向けてしまったのは。私にもこんな醜い感情があったことを、この歳になって初めて知った。

 こんな思いを抱くぐらいなら、こんな場所まで来なければよかった。先輩のことを諦めて、また新しい恋を探せばよかったんだ。そんなことを後悔したって、もう遅い。何もかもが、もう遅かった。

 けれど、ここにきてようやく、私の周りに先輩を好きな人がいなくなった。もう私が告白をしても、誰も悲しんだりしない。

 ここまで来た理由を、ようやく私は見いだすことができる。だから私は、先輩に電話をかけた。

 どうしても、先輩に伝えたいことがあるから。
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