海賊船「Triple Alley号」

戦闘の準備をしてから3日後、目指す上陸地点である町に着きました。町と海岸の間に、不自然に空いた荒野が広がっています。収集班の情報では、この荒野に敵が待ち伏せしているとのことです。
降りたくないなどと甘えたことを思ってしまいます。自分がいかに温室育ちだったかを思い知らされました。
戦闘時は普段とは別の班で行動します。僕はシゲと一緒に後方支援部隊の1つに配属されました。余程のことがない限りは出撃しなくていい班です。どうか出る幕がありませんように。シゲは不満そうに磨き上げた剣を弄んでいます。
召集が掛かり、「下層甲板大砲隊」以外は最上甲板に整列しました。僕は後ろの方に並びました。何が始まるのだろうと思っていると、突如前方から雄叫びが上がりました。それは漣のように広がり、全員が武器を天高く掲げて声を張り上げています。
シゲ以外は背の高い人ばかりで、状況が上手く掴めません。必死に背伸びしていた僕の服を急に引っ張り、シゲが満面の笑みを浮かべて斜め上を指差しました。慌ててそちらを見上げ、僕はその場に凍り付きました。
3船長です。それぞれ手配書でも有名なあの服装をして、船長室の屋根に仁王立ちしています。
「豹」は群青色の大きな上着を翻しています。立派な肩章がはためき、キラキラ光っています。黒い大きなシルクハットはあちこち破れていて、それがかえって威圧感を与えているのです。右手に大きな銃を構えているのが見えました。
「虎」と「山猫」はこの位置だとよく見えませんが、「山猫」の着る純白の非常に長い上着が目立ちました。「虎」は自ら破り取ったという短めでボロボロな臙脂色の上着です。2人は鍔の大きな三角帽を深々と被り、それぞれ豪華に飾り立てています。
これが海賊「Triple Alley号」一味のやり方でした。堂々と立つ3人の姿に圧倒され、多くの敵は戦意を喪失してしまうそうです。自陣の数をなるべく減らさずに敵を追い払う――名の馳せた3船長だからこそ出来る大技なのです。
今回の敵にも効果は抜群でした。静かだった野原から急に海賊達が現れ、我先にと逃げ出しました。「虎」がピクリと反応しましたが、「豹」が素早く制止しました。
逃げる手下を叱咤激励しようと、向こうの大将も立ち上がりました。
3船長はその瞬間を狙っていたのです。

「豹」が制止していた左腕を前に伸ばしました。僕のと似た細長い銃を握っています。
それを合図に「虎」が颯爽と船から飛び降りました。最前列に並んでいた特攻隊が後に続き、船長諸とも1つの弾丸になって、まるで「豹」の持つ銃から撃ち出されたかのように走り出しました。
弾丸の中に長く伸びたプラチナブロンドの髪を見つけました。ポニーテールに髪を括っていますが、三日月の彼女です。「虎」の右後ろを走っています。彼女が無事戻って来られるようお祈りしようとしましたが、その心配は杞憂に終わりました。
敵の大将が恐れて逃げ出したのです。思わず同情しそうになりました。後ろで見ているだけなのに逃げたくなるような光景です。味方でもこれですから、向かって来られたら恐怖で失神してしまうかもしれません。
「虎」はまだ前進します。蜘蛛の子を散らすように敵陣に斬り込み、左手に持った銃で道を作りながら大将を目指して突っ込んでいきます。特攻隊は彼の背中を守って続き、足を止めません。三日月の彼女がまた心配になりましたが、特攻隊に配属されているのだから大丈夫だろうと言い聞かせました。
大将が立ち止まり、こちらに向き直りました。覚悟を決めたようです。鞘から抜いたレイピアを一振りし、「虎」に飛び掛かりました。遠くであまり見えませんが、「虎」の喜ぶ気持ちが伝わってきます。踊るようにピョコンと動く犬耳が見えそうなくらいです。
船長同士の一騎討ちです。周りで特攻隊が輪になって固まりました。互いの背中を仲間に任せ、目の前の敵だけに集中します。
逃げかけていた手下達も大将の姿に鼓舞され、再び集まってきました。特攻隊が囲まれ、僕は思わず身を乗り出して彼女の動きを目で追いました。
その時「山猫」が動きました。装飾の違うサーベルを2本構え、自分の隊を引き連れて飛び降りていきます。従った隊はかなりの数で、叫びながら突進していきました。その中にタニさんの姿もありました。残された僕達は、腕を組んで見守る総船長の護衛隊になりました。
突然爆発音がし、船が揺れました。急襲かと焦りましたが、弧を描いて飛んでいく砲弾は自陣の物です。下層甲板大砲隊が砲撃を行なったのです。
味方に当たったらどうするのでしょう。ハラハラしながら三日月の彼女を見ていましたが、砲弾は彼らの頭上を遥かに越え、こっそり町に逃げ込もうとしていたへっぴり腰共に次々に命中しました。
逃げ道を失ったへっぴり達が自棄を起こして戻ってきました。が、一瞬の後に血を噴き上げて倒れていきます。何が起こっているのでしょう。速すぎて見えません。
隣でシゲがピョンピョン飛び上がりました。見ると、彼は望遠鏡で戦いを観察していました。戦う気はどこへやら、完全に観戦モードです。
「ねえねえ、あっちで一体何が起こってるの?何で敵が倒れていくの?」
「ん?まあまあ、見てみろよ!!」
シゲはキラキラした顔で望遠鏡を手渡してきました。急いで覗き込みます。
敵が斬られる寸前、僅かに白い物が太陽光を反射して輝いています。「山猫」です。彼は「white CHEETAH」の異名で知られていますが、その訳が分かりました。チーターのように、もうそれ以上の素早さで敵を斬りつけているのです。
三日月の彼女が気になって望遠鏡を動かします。やっと見つけましたが、彼女が敵を圧倒していました。飛んでくる流れ弾を肩に巻き付けた布で払い、右手に握りしめたカットラスで滅多斬りにしています。こんな所でのうのうとしている自分が情けなくなりました。
そう言えば、「虎」はどうなったのでしょう。混戦状態の戦場を探し回り、漸く見つけました。
「虎」と大将はまだ戦っていました。とは言え、大将は既に戦えるような状態にありません。腕を2本とも斬り落とされ、ヘトヘトになりながらも口にレイピアを加えて必死にかじりついていました。それを難なく避ける「虎」の表情がチラリと見えました。端正な顔が狂ったように笑っています。楽しくて仕方がないというように、大将を弄んでいました。喜びなんかを表現しているのは犬耳ですが、全体としては鼠をいたぶる猫そっくりです。
遂に大将が力尽き、倒れ込みました。その両足に銃弾を撃ち込み、「虎」はつまらないという顔で大将の首を何のためらいもなく刎ねました。あっという間の出来事でした。体を離れた首は、血糊で地面を染めながらゴロリと転がりました。吐き気がして、望遠鏡をシゲに突き返しました。
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