その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 ひっと息をのむ。でも怯えていることなど悟られたくない。彼女はつとめてにこやかに、けれど毅然として口調を改めた。
「手をお放しになってください。カイル様もご存じの通り、政略結婚に私の意思など無関係です。決まってしまったことですから、考え直すなどあり得ないことですわ」

 オリヴィアは自然な動作に見えるように気をつけながらも、内心では必死の思いで手を引こうとした。

「俺は構いませんよ。むしろ歓迎しますね。美しいあなたと噂になれるのなら、どんな手でも使います。それでお父上が考え直してくだされば僥倖(ぎょうこう)です……が」

 カイルがちらりとオリヴィアの肩越しにどこかへ視線を向ける。親指の腹で彼女の手をねっとりと撫でると、ようやく放した。

 心臓がばくばくと大きな音を打ち鳴らしている。腰から下の膨らみを抑えた、夏の宵のような複雑な色合いのドレスの胸もとを、オリヴィアはぎゅっと握った。

「今日はこれまでにしておきましょうか。次はゆっくりお話しましょう」

 カイルが必要以上に優雅な礼をして去って行くのと同時に、「オリヴィア」と声を掛けられて反射的に肩がびくりと跳ねた。フレッドがカイルの背中に視線を向けている。その手には何もなく、表情も何やら穏やかではない。

 オリヴィアが首を傾げると、彼が少し表情をゆるめた。
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