課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 元妻と別れてからもそれまで通り仕事をした。
 いや、それまで以上に仕事にのめり込んだ。
 何も考えたくなくて、誰もいない冷たい部屋に帰りたくなくて、自ら仕事漬けになった。
 俺のことを良く知っている奴に言わせると、そのころの俺は『鬼のよう』な働きぶりだったらしい。

 実際、部下には恐れられていたと思う。
 今の部下の奴らに言っても、そんなことは信じられないだろう。
 だが、たまに前の職場に顔を出した時に出くわす元部下達が、『もののけに出会った』かのようにビビッているのを見ると、「悪いことしたな」と反省する。
 
 そしてその『鬼のように』働いた結果、三十九の時にバタリと倒れた。
 
 診断は「過労」。
 
 周りから無理やり入院させられて、休養を取らされた。
 病室で何もすることが無く、ボーっと過ごす毎日。
 隠れて仕事をしないようにと、パソコンは取り上げられ、特にすることなく日々が過ぎて行く。

 退院後も有休を取らされて自宅に籠っているうちに、俺は何もかもにやる気を失った。
 まるで、プツリと糸の切れた操り人形のみたいに、体が動かない。これがしたい、あれが欲しい、そんなことも感じなくなった。
 たぶん鬱になりかかっていたんだと思う。

 そんな俺を、会社の上の人が見るに見かねて、子会社の【サカキテック】に行ってみてはどうか、と打診してきた。
 そこからだと通っている病院へも近いし、仕事もハードではない。
 正直、「左遷」とも取れる処置だったが、なにもかもが億劫だった俺にとってはどうでも良かった。
 
 言われるまま、今の職場にやって来たのが三年前の春だった。

 
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